架空戦記
「戦場の空を舞え 飛行空母九鬼」
第一部「九鬼 初出撃せよ!」
第七話
「出撃前夜」
昭和18年2月14日
佐藤大佐は、作戦会議を行った2月2日以降も、個人的にたびたび九鬼の機長や航法士官を集めて、さらに作戦を練った。
まず、佐藤大佐が不安だったのは、航法についてであった。
米国までの道のりは、約8000キロ近い長距離飛行になる。
はたして、正確に米国にたどりつけるだろうか。
これに関して、航法士官たちが言うには、米国西海岸に到達するだけならたやすいとのことだった。
大まかな位置確認だったら天測などで、どうとでもなるということであった。
しかし、今作戦において佐藤大佐は、西海岸に位置する都市の中の、特にでかい都市を狙う必要があると考えていた。
それを実現するには、極めて正確な飛行を要する。
これは、さすがに悩みに悩んだ。
だが、これは西角中尉の案で解決することができた。
それは、日本本土、ハワイ、米国本土から発せられるラジオ放送の電波を利用するという方法である。
これらの電波を九鬼で受信し、九鬼を誘導、または位置確認をしようと考えたのである。
また、もう一つの悩みは、爆撃を行うのを明朝にするか、夜間にするかという問題であった。
明朝攻撃となれば、的確に目標を視認して攻撃ができるであろうが、その分、巨大な九鬼は敵から丸見えとなり、激しい迎撃を受けることになる。
逆に夜間攻撃にすれば、迎撃は比較的緩いものになるであろうが、目標の視認は困難となり、爆撃の精度はグッと下がるであろう。
もっとも、目標が巨大な都市であれば、要はその都市に爆弾を落とせばよいのであるから、夜間であってもまず命中させることができるだろうが。
しかし、それでは無差別爆撃となり、非難の的にされるのではないか、佐藤大佐は、それを懸念していた。
そのため、佐藤大佐は、攻撃目標を軍事施設に絞って攻撃すべきであると考えた。
そうなれば、明朝攻撃が望ましいが、その分だけ隊員の被害が増すことは容易に予測できる。
結局、佐藤大佐は、夜間攻撃を優先することにし、何かしらの不測の事態が起きて、明朝または昼間攻撃をやむなきとしない限りは、夜間攻撃を行うと断言した。
佐藤大佐にとっては、見知らぬ米国国民よりも、身近な部下の命の方が何十倍も大事な存在だったのである。
いよいよ、明日は出撃日である。
この日は、夕方から渡り鳥作戦の成功を祈っての、盛大な宴が予定されていた。
考えようによっては、最後の晩餐にもなりかねないが。
とにもかくにも、生還を前提に考えても、しばしの日本との別れである。
騒げるときに騒いでおかなければ、損と言うものであろう。
第000航空隊は、伊丹飛行場の滑走路を見事に占拠して、宴会を始めた。
滑走路脇の駐機場では、明日の出撃に備えて、九鬼と艦載機がズラリと並べられており、整備員たちが恨めしそうにしながらも、せっせと整備に励んでいた。
本日の宴会は、明日出撃するものだけが出席できるのである。
整備員たちは、佐藤大佐らが飛び立った後に、宴会をやってもらうことになるであろう。
この第000航空隊は、実戦部隊が約150人、司令部や整備科などの後方支援部隊が約300人という、それなりの大所帯である。
今日のところは、この150人が対象という訳である。
ちなみに、この宴会には藤井少佐は出席していない。
なぜならば、藤井少佐は、伊30ですでに出撃してしまったからである。
潜水艦は、当然に航空機と比べて足が遅い、そのために、会議のあった2月2日、会議が終了してからすぐに、伊30は出撃していったのである。
何せ、伊号潜水艦は、水上でも約16ノットが限界だ。
ずっと水上を走ってても、約11日程かかる。
まさに、藤井少佐は時間との戦いである。
この11日というのは、何も起こらないで、というのが前提であるから、実質は11日以上の時間を有すると考えていいだろう。
それに、敵の哨戒機に発見されて撃沈される恐れもある。
ずっと水上航行をするわけにもいかない。
だが、伊30がいなければ、艦載機隊の搭乗員の命は絶望的だ。
と言っても、伊30が無事かどうかなどは、我々には知ることができない。
多少の電報であっても、敵に傍受されたら全てが水の泡になりかねない。
そのため、第000航空隊からも、伊30からも、連絡が取り合えない状況なのである。
これについては、藤井少佐を信用する他はない。
まさに、こればっかりは神頼みである。
ともかく、宴会は盛大に始まった。
まず、第000航空隊総司令官の山口少将の挨拶に始まり、その後に、実戦部隊の司令官である佐藤大佐が挨拶した。
「いよいよ明日が出撃である。みんな、それぞれに緊張しているだろうが、今日はそれを忘れて盛大にやろう。いいか、出撃前に飲みすぎて死ぬなよ。それじゃ、二階級特進もやれんからな」
会場のみんなが、どっと吹き出した。
佐藤大佐も、自分で言っておいてウケている。
「よし、そんじゃ、作戦の成功を祈って、乾杯っ!」
「かんぱ〜い!!」
乾杯の合図で、会場のボルテージは、いやおうなしに上がった。
大半の隊員は、まだ若いので、サイダーの割合が多かった。
酒を飲んでいるのは、本当にごく一部の隊員だけである。
まあ、酒が宴会の主役ではないので、さして気になるものでもない。
少女兵たちは、サイダーをグイグイ飲みながら、きつい冗談を言い合っている。
「あんたは、操縦室の配置でしょ〜。敵に一番狙われるわよ。その点、私は生き残るわよ。なんせ後部の機銃座が私の配置だもん」
「何言ってるのよ。敵は、きっと機銃座を一番に狙ってくるわよ。あんたこそ、狙われるわよ〜」
気に知れあった者だからこそ、言える冗談だろう。
佐藤大佐は、会場を一通り眺めて、改めて不安になった。
こんな少女たちを、危険な戦場に連れていかねばならない。
そして、敵の激しい砲火の中に飛び込ませねばならないのだ。
こんなにも辛いことはない。
佐藤大佐は、手にした盃の中のサイダーを、一気に飲み干した。
酒が苦手な佐藤大佐は、気分を出すために盃でサイダーを飲んでいた。
「大佐、お一つどうぞ」
と、姫宮上等飛行兵曹が、空の盃にサイダーを注いだ。
「おっとと、ありがとう」
佐藤大佐は、またグイッと一気に飲み干した。
「いい飲みっぷりですね。さすがは、男性ですね」
姫宮上等飛行兵曹は、満足そうに笑った。
姫宮上等飛行兵曹は、九鬼一番機の無電士の担当である。
任務中は、非常に真面目な少女である。
しかし、今、目の前にいる姫宮上等飛行兵曹は、いつもより表情が柔らかで、どこか親しみやすい感が見受けられた。
そう思った、佐藤大佐は言った。
「へぇ、君もそんな風に笑うんだな」
「え…、変ですか?」
「いや、可愛くていいと思うよ。ほら、俺は任務中の君ばかり見てたからね。任務中は、ビシっとしてて、絶対に笑わないだろ」
「ああ、そうですね。任務中は任務に集中してますから」
「そんな君も悪くないけど、俺としては笑ってる君の方が好きだな」
姫宮上等飛行兵曹は、酒を飲んでもいないのに、頬を真っ赤にした。
「そ、そうですか。わ、わかりました。任務中も笑うように努力します」
「ばか、笑うのに努力するなよ。要は任務中でも、肩の力を抜けばいいんだよ。君は、ちょっとばかり肩に力を入れすぎてるような気がするしな」
姫宮上等飛行兵曹は微笑むと、大きく頷いた。
「わかりました。やってみます。笑顔、笑顔ですね」
「だから、力みすぎだって。自然にしてればいいんだよ。こんな風にな」
佐藤大佐は、姫宮上等飛行兵曹の頬を掴んで、ビヨ〜ンと伸ばした。
「い、いひゃいへふ、はいは。(い、痛いです、大佐)」
「ははは、そうそう、そんな感じに笑えばいいんだよ」
ようやく頬を離してもらった姫宮上等飛行兵曹は、頬をさすりながら言った。
「もう、痛いですよ」
「すまんなぁ。いやぁ、君がこんなにいじり甲斐のあるやつだったとはな」
と、佐藤大佐は大笑いした。
そこに、瀬戸飛行兵長と佐久間大尉もやってきた。
ただ、佐久間大尉の雰囲気が、いつもとは違っていた。
瀬戸飛行兵長が佐久間大尉を重そうに支えていた。
「大佐ぁ〜ん。わたし〜、酔っ払っちゃった〜ん」
「恵美さん、飲みすぎですよ、もう」
これがあの佐久間大尉か。
佐藤大佐は、一瞬、我が目を疑った。
「お、おい、それって、佐久間大尉だよな」
「は、はい、一応…」
瀬戸飛行兵長が、申し訳なさそうに答えた。
「ねぇ、大佐ぁ。明日は出撃でしょ〜。今夜は、二人だけで作戦会議しませんかぁ。もちろん、あ・な・たのベッドの中でぇ」
周囲のまだ若い少女兵は、そういう話は縁遠いためか、顔を真っ赤にした。
瀬戸飛行兵長や姫宮上等飛行兵曹の例外ではない。
瀬戸飛行兵長が言った。
「め、恵美さん。何を言ってるんですか」
「そ、そうですよ、佐久間大尉」
と、姫宮上等飛行兵曹も援護する。
「だってぇ、最後に作戦会議しといた方がいいじゃなぁ〜い。ベッドの中での行為は、あくまでもおまけよぉ」
「佐久間大尉…、気持ちは嬉しいんだがね…。お、俺はな…」
佐久間大尉は、視点の合わない目で睨んできた。
「俺は、何なんですかぁ!」
「だ、だからな、俺はなぁ…」
佐藤大佐は、完全に八方塞だ。
瀬戸飛行兵長や姫宮上等飛行兵曹は、佐藤大佐に、何かを期待しているような眼差しを送っていた。
「だ、だからぁ…」
「だから、何ですかっ!」
佐久間大尉の追及は強まる一方だ。
「だぁ! ここは逃げるが勝ちだっ!」
佐藤大佐は、ダッと駆け出した。
佐久間大尉が、ふらつきながら後を追った。
「あっ、敵前逃亡ですかぁ! 重罪ですよ、大佐ぁ!!」
宴会の真っ只中を、佐藤大佐と佐久間大尉が駆け抜けたものだから、当然に大混乱になった。
サイダーや酒はこぼれるは、つまみは吹き飛ぶわ。
もう、収集がつかなかった。
それでも、誰もが笑っていた。
頭からサイダーを被ろうとも、つまみが空を飛ぼうとも、誰もがその光景に大笑いした。
宴会は、まさに大騒ぎの内に幕を下ろした。
だが誰もが心中では、これが最後の晩餐にならないことを、強く祈っていたことだろう。
笑顔の裏では、誰もが不安に駆られていた。
みんな、必死に笑って、その不安を忘れたかったのだ。
その意味では、佐藤大佐も同じだった。
大騒ぎして、その間だけでも不安を忘れたかった。
しかし、宴会が終わると、今まで抑えていた分の不安が押し寄せてきた。
それぞれが不安を抱えながら、夜は静かに更けて行った。
今日は、昭和18年2月15日。
第000航空隊の出撃日である。
佐藤大佐は緊張のためか、ほとんど眠れず、白々と明け行く東の空を見つめていた。
自室の窓を開けると、緊張のためか不思議と寒さを感じることはなかった。
佐藤大佐は、ゆっくりと飛行服に着替えを始めた。
…続く
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