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架空戦記

「戦場の空を舞え 飛行空母九鬼」

第一部「九鬼 初出撃せよ!」

第六話
「嵐の前の静けさ」

「今作戦の目的は、米国西海岸を爆撃することである。これには、重大な戦略的意味があり、非常に重要な作戦であることを肝に銘じておいてくれ。諸君らも知ってると思うが、昨年、米国爆撃機部隊により帝都が空襲された。あの空襲は、被害そのものは小規模であったものの、我々に対する心理的なダメージは計り知れないものとなった。結果、我々はミッドウェー攻略を急かされる形となり、その結果は言うまでもないが、空母四隻の喪失に繋がったと言えよう。今度は我々が、そのお返しをする番だ」
 昨年の帝都空襲とは、突如として飛来したBー25爆撃機により、東京・横浜・名古屋・神戸が空襲された事件である。
 このBー25、どこから飛来したのかと言うと、驚くべきことに空母から発進してきたのである。
 なんと空母の甲板に16機の爆撃機を積み込むとゆう、前代未聞の方法で、この一大空襲を実現させたのである。
 この空襲による心理的痛手は計り知れないものがあった。
 何せ、天皇の皇居のある帝都が空襲されたのだ。
 痛手にならないと言う方が不自然であろう。
 とにかく、今度は日本が敵本土を爆撃し、同様又はそれ以上の効果を生み出そうとしているのである。
「細かい出撃時刻、打ち合わせについては、この後に幹部作戦会議で話し合いたいと思う。ともかくだ、我々の目的は、敵本土に爆弾を落とすことだ。特に何を狙えとは言わん。敵本土に爆弾を落とす、それだけを考えてくれればいい」
 と、説明を聞いていた豊口大尉が挙手した。
「山口少将、よろしいですか?」
「うむ、何かね?」
 豊口大尉は椅子から立ち上がった。
「敵の本土を爆撃することについては何も意見はありませんが、その目標については特定の指示をなさらないのですか?」
「ああ、どこを爆撃するかは、実戦部隊に一任するよ。とにかく、米国西海岸を爆撃してくれたまえ。…本来ならワシントンやニューヨークを狙いたいところなのだが、九鬼の航続力でもそれは難しい。それに、敵本土上空を長時間飛行するのは危険だしな」
 横の席の佐藤大佐も立ち上がって言った。
「少将、米国西海岸と言っても広大であります。辺ぴな田舎に爆弾を落としても効果があるとは思えません。やはりここは、どこかしらの大都市を目標とすべきと思いますが…、果たして首都以外の拠点を爆撃して、本当に意味があるのでしょうか…」
 山口少将は、多少不安げに言った。
「はっきり言って、私も首都以外の拠点を狙って、果たして意味があるかは解らん。こればっかりは蓋を開けて見ねば解らんとしか言えん。しかしだ、我々には敵の首都を攻撃するだけの航続力も無ければ、それだけの戦力もない。そこで、我々は速やかに飛来し爆撃を敢行、その後、直ちに撤退という一撃離脱戦法をとる。だが、きっとこの作戦、成功さえすれば相当な効果が期待できると、私は思うよ。我々が米国本土を爆撃したとなれば、米国の国民は大きく反戦に傾く可能性がある。米国の国民性から言えば、勢いのあるときは凄まじいが、その勢いを殺してしまえば一気に弱体化すると考えられる。それにだ、我々がいつでも米国を爆撃できると知らしめることにより、敵は戦力の分散を余儀なくされるであろう。となれば、現在劣勢の我が軍にとって、戦力回復の時間を稼ぐこともできるだろう。どちらにしても、今作戦は何かしらの効果が期待できる」
 佐藤大佐は、改めて今作戦の重大性を理解した。
 確かに、爆撃が成功すれば、何かしらのプラスの効果が生じるだろう。
 だが、その反面、危険も大きいと言わざるを得ない。
 まさに、この渡り鳥作戦は、命を懸けた決死的作戦になるだろう。
 と、今度は九鬼飛行隊の野田一等飛行兵曹が挙手した。
「あの、今作戦の目標が米国西海岸と言うことは、私たち九鬼飛行隊の出撃は無いということでしょうか?」
 そう、今作戦の目的や目標を聞かされたのは、今日が初めてである。
 その前から知っていたのは、作戦立案者の山口少将と、その補助的な役割をしていた佐久間大尉、それに第000航空隊の実戦部隊の司令官である佐藤大佐の三人のみであったのだ。
 実際、この作戦が発表された時、隊員たちは鳩が豆鉄砲を喰らったような表情だった。
 まあ、確かに驚くことであろう。
 何せ目的が敵本土の初空襲だ。
 こんな大役を、このようなはぐれ者部隊が行うことになろうとは、誰も予想していなかったことだったろう。
 九鬼飛行隊は、九鬼に搭載される艦載機隊の総称である。
 野田一等飛行兵曹が、どうして九鬼飛行隊の出撃はないのか、と質問したのかと言えば、艦載機は九鬼から発進すれば、もう九鬼には戻れない。
 そうなれば、九鬼飛行隊は手近にある味方の空港に着陸せねばならない。
 しかし、今作戦の目的は米国西海岸である。
 となれば、手近にある空港と言っても、敵の飛行場ばかりだ。
 それに加えて、航続距離から言っても日本に帰れる程の航続距離は、艦載機には当然にない。
 そのため、野田一等飛行兵曹は、今作戦では九鬼飛行隊は随伴できないのでは、と意見したのである。
「いや、今作戦において、艦載機による護衛や支援は必須だ。君らも、米国まで付き合って貰うよ」
 この言葉に、豊口大尉が意見した。
「少将、我々は航続距離の関係から、発進すれば日本には戻れません。よしんば攻撃が成功しても、我々は日本に帰りつく遥か前に、燃料切れで墜落するでしょう。それでも…行けと仰るのですか?」
 山口少将は、口元に笑みを浮かべると無言で頷いた。
 豊口大尉は、多少強い口調で言った。
「少将、私は与えられた任務なら、例えどんな任務でも遂行する覚悟です。ですが、こんなにも若い娘たちを、むざむざ死なせる作戦であれば、私は断固反対いたします」
 すると、艦載機搭乗員たちが次々と立ち上がり喚いた。
「大尉! 私たちは国に命を捧げております! 例え片道攻撃であろうとも構いません!」
「そうです、大尉! 九鬼飛行隊、みな気持ちは同じです。この命、国のために捧げる覚悟です」
「大尉、行きましょう!」
 九鬼飛行隊の隊員たちは、死んでも構わない、と口々に喚いた。
 飛行空母九鬼の搭乗員たちは、その光景に呆然としていた。
 豊口大尉は、しばらく無言で俯いていた。
 佐藤大佐は九鬼飛行隊の連中の、死んでも構わない、と言う意見を聞いていて、無性に腹が立った。
 佐藤大佐が、「貴様ら、何を浅はかなことを言っておるか!」と叫ぼうと思った瞬間、豊口大尉が叫んだ。
「あんたたち、何をふざけたこと言ってるのよ!」
 作戦会議室は一瞬で静まり返った。
「いい、みんな良く聞きなさい。私たちは、今まで辛い飛行訓練を行って来たわ。でもそれは、こんな片道攻撃をするためだけにやってきたことじゃないはずよ。私たちは、この国をずっとずっと守り続けるために、訓練に耐えてきたはずじゃない。そうでしょ!」
 九鬼飛行隊の搭乗員たちは、終始無言になったが、その内の一人が反論してきた。
「大尉、私はそうは思いません! この国が、私たちの片道攻撃を望むのであれば、遂行すべきです!」
 さらに、九鬼二番機の艦載機搭乗員の林原真理恵二等飛行兵曹が、言葉を繋いだ。
「私もそう思います! この国のためとなるならば、例えこの命が潰えようとも、私たちは本望です!」
 豊口大尉は、大きなため息を吐くと言った。
「あんたたちね、何も解ってないわね。あんたたちは、それでパッと散ってお終いで楽でしょうね。でもね、あんたたちが死ねば、悲しむ人がいることを忘れているわ」
 林原二等飛行兵曹が、眉を吊り上げて叫んだ。
「大尉! 失礼ですが、あなたは死ぬのが怖いんでしょう! はっきり言って、あなたは臆病者です!」
 佐藤大佐は、いいかげん堪忍袋の尾が切れた。
 佐藤大佐は、机をバンと叩くと、立ち上がって林原二等飛行兵曹の前まで歩んだ。
 その佐藤大佐の剣幕に、林原二等飛行兵曹は、肩を幾分かすくめた。
 すると、佐藤大佐は林原二等飛行兵曹にかなりの平手打ちを喰らわした。
「謝れ! 豊口大尉に謝れ! おまえら、いいか、良く聞け! 今の日本にとって、貴様ら搭乗員は非常に貴重な存在だ。特に、この部隊の搭乗員は、A又はBランクに入るくらいの腕を持った搭乗員ばかりである。そんな貴様らが、片道攻撃だ何だで命を捨てることは許されん。それこそ、この国に対する反逆罪であると肝に銘じておけ。それに…俺は…君らに死んで欲しくない…。大切な部下を失いたくないんだよ…」
 と、どこからか拍手の音が響いた。
 その拍手をした張本人は、山口少将であった。
「いやぁ、いいものを見せて貰ったよ。いいか、今作戦で必要なものは何か、それは団結力だ。今の論議は、その意味で有意義なものであった。だが私は、諸君を片道攻撃に使おうなどとは、まったく考えていない」
 佐藤大佐は、疑問の表情を浮かべた。
「では少将、今回は九鬼飛行隊は使わないということですか?」
「いや、使うさ。九鬼にとって、艦載機の護衛と支援は必要不可欠だからな」
「ですが、艦載機では航続距離が…」
 佐藤大佐が、そう言いかけると、山口少将は隣の藤井少佐を指差した。
「そのために、彼女がいる」
 佐藤大佐は、言っている意味がよく解らなかった。
 九鬼飛行隊が渡り鳥作戦に参加するのと、それを実現させるために藤井少佐が必要、という関係がどうしても結び付けられなかった。
「ああ、そうだ、紹介がまだだったな。彼女は藤井少佐、伊号第30潜水艦の艦長だ」
 やはり、どの隊員も佐藤大佐と同様に疑問を持ったらしく、不可解と言わんばかりに困惑していた。
 そんなことを気にする様子もなく、山口少将は話を続けた。
「彼女の伊号潜水艦を、極秘裏に米国西海岸から300から500キロの地点に配置する。諸君らは、作戦通り攻撃を終わらせた後、九鬼と九鬼飛行隊を分離するのだ。そして、九鬼はそのまま日本へ、九鬼飛行隊は伊30へ向かう。九鬼飛行隊は、伊30を視認後、その周辺に着水し、伊30に収容して貰うのだ。その後、伊30は全ての艦載機を破壊し帰還して貰う」
 佐藤大佐は、心で「なるほど…」と呟いた。
 確かにそれならば、艦載機隊を作戦に使用することが出来る。
 九鬼飛行隊は、仮に搭乗員が生還できても、確実に30機を失うことにはなるが、それだけの犠牲を払っても、まだおつりがくるくらいの効果は期待できるであろう。
 作戦会議は一応の終了となり、その場には幹部クラスだけが残った。
 この後は、幹部作戦会議によって、細かい作戦予定を話し合うのである。
 幹部作戦会議の参加者は、山口少将、佐藤大佐、藤井少佐、各九鬼の機長と航法士官、そして九鬼飛行隊の指揮官クラスである。
 佐藤大佐は、作戦が出来上がれば出来上がるほど、この作戦が如何に危険を孕んでいるものかということが認識できた。
 それだけに、部下を失うことが怖いと、本気で思った。
 だが、戦争で被害は付物である。
 佐藤大佐は、自分にそう言い聞かせて、無理に納得した。
 かくして、作戦開始は2月15日に決まった。
 攻撃目標に関しては、いくつかの候補を挙げて、作戦開始後に佐藤大佐が、どこを狙うかを指示することとなった。
 佐藤大佐は、この作戦が成功することを神に祈った。
 そして、搭乗員の被害が少しでも減ってくれるようにと、さらに強く祈った。

 幹部作戦会議も終わり、佐藤大佐は暗闇に包まれた滑走路に出た。
 まだ寒風吹きすさむ2月であるためか、さすがに肌寒い。
 佐藤大佐は、ポケットに手を入れて空を見上げた。
 幾つもの星が煌いている。
 空は美しい。
 空は偉大だ。
 佐藤大佐は、夜空を見上げて、そう思った。
 だが、この空を赤く染めているのは、誰でもない人間だ。
 佐藤大佐は、そう思うと、自分たちの行為がとんでもない悪行のように思えてきた。
 だが、それも仕方がないと思い、軽く首を横に振った。
 そこに、豊口大尉が背後から歩み寄ってきた。
「大佐、ここでしたか」
「やあ、豊口大尉か。会議お疲れさん」
「お互いにお疲れ様ですね」
 豊口大尉も佐藤大佐に習って、空を見上げた。
「綺麗…ですね」
「ああ、空はいいよ。広大で美しくて、その時々で色んな表情を見せてくれる」
「本当ですね。こんな空を飛べる私たちは、本当に幸せですね」
そうだな、この空を血で汚しているのも、俺たちなんだけどな」
 豊口大尉は面食らった。
 二人は、しばし無言になってしまった。
 豊口大尉が、ようやく口を開いた。
「そうだ、大佐。先ほどはありがとうございました。隊員たちに渇を入れていただきまして」
「いや、私もつい腹を立てて大人げなかったよ。だが、彼女たちの発言がどうしても許せ無くてな…」
 佐藤大佐は、幾分か申し訳なさそうに俯いた。
「あの娘たちは若いんですよ。若いからこそ、大局的なものの見方が出来ないんです。私も、若い頃はそうでしたよ。命を国に捧げよう、靖国に迎えられれば光栄だ、などと普通に考えてましたよ」
 佐藤大佐は頷いた。
「俺もそうだったよ。だけどな、実際問題、搭乗員不足は深刻だ。一人でも多くの搭乗員を生還させること、これは渡り鳥作戦以上に重要なことだ」
「それに…」
「それに…」
 二人の会話が重なった。
 二人とも何かを言おうとして、衝突してしまい双方言葉を止めた。
「あっ、すいません、大佐からどうぞ」
「いや、豊口大尉が先に言えよ」
 二人は、お互い顔を見合わせて苦笑した。
 豊口大尉が、微笑みながら言った。
「それじゃ、二人同時に言いましょう。せ〜の…」
 佐藤大佐と豊口大尉が同時に言った。
『彼女たちを死なせたくない…』
 規模は違えど、指揮官として思いは同じだった。
「大尉、共に頑張ろうな。そして一人でも多くの搭乗員と生きて戻ってこよう」
「はい、大佐。必ず、その約束、守って見せますよ」
 佐藤大佐は、ポケットから手を出すと自室に戻ろうとした。
 すると、豊口大尉が呼び止めた。
「あっ、大佐、待って下さい」
「ん、まだ何か?」
 豊口大尉は、普段のまじめな表情とは一転して、頬を赤らめていた。
「大佐に、おまじないをかけて上げます」
 と言うと、豊口大尉はつま先を立てて背伸びをして、佐藤大佐の頬に軽くキスをした。
 豊口大尉は小走りで去っていこうとしたが、すぐに振り返った。
「あはは、私のおまじないって、けっこう効くんですよ。これで作戦は成功します」
 佐藤大佐は、キスされた頬を軽く撫でて、去っていく豊口大尉の背中を見送った。
「ば〜か、俺は産まれつきついてるんだよ。まっ、これで鬼に金棒ってか」
 佐藤大佐は、一人で大笑いした。

…続く


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