架空戦記
「戦場の空を舞え 飛行空母九鬼」
第一部「九鬼 初出撃せよ!」
第五話
「作戦会議はおやつと共に」
「佐藤大佐、どうなさいましたか?」
藤井少佐が、握手したままで聞いてきた。
佐藤大佐は、藤井少佐が潜水艦乗りだと知って、どうやって第000航空隊と連携できるのか、それを考えていた。
そのため、ボ〜っとした表情を浮かべてしまっていたのである。
「いや、何でもない。…ああ、山口少将のところには行ったのかね?」
佐藤大佐は、考えるよりも山口少将に聞いた方が早いと思い、思考を止めた。
「いえ、佐藤大佐の方に先に来ましたので、まだ会っておりません」
「よし、なら案内しよう」
佐藤大佐は、藤井少佐を連れてきてくれた3人に向かって言った。
「お前らは、ご苦労だった。戻ってよし」
3人は敬礼すると立ち去って行った。
「さて、藤井少佐、こっちだ。ついて来たまえ」
「はい」
二人は部屋を後にした。
しばらく、無言で歩いていると、前からノエル中尉とエメリア少尉、カタリナ飛行兵曹長が雑談しながら歩いてきた。
佐藤大佐が、3人に声をかけようと思うと、後ろを歩いていた藤井少佐が、怖い顔をして前に出た。
すると、手にしていた軍刀を抜いた。
「この鬼畜米英、どこから侵入したっ!」
藤井少佐は、鈍い光を放っている軍刀を構えた。
藤井少佐は、3人のドイツ人搭乗員を、敵国の人間だと勘違いしているようだった。
佐藤大佐は、慌てて弁解した。
「お、おい! 違う、それは味方だ! 味方!」
慌てている佐藤大佐に対して、ノエル中尉らは冷静だった。
「味方? どこをどう見ても敵国の人間じゃないですか」
藤井少佐は、佐藤大佐の言葉を信じていないのか、軍刀を構えたまま言った。
「だから、俺の部隊のドイツ空軍搭乗員なんだよ」
藤井少佐は、ようやく信じたのか、軍刀を鞘に収めた。
すると、自ら非を認め、ノエル中尉らに頭を下げた。
「ごめんなさい、勘違いしたわ」
ノエル中尉が言った。
「いいんですよ。まだ今でも、時々敵国の人間だと間違われたりしますから、慣れています」
3人が、どうも軍刀を向けられても冷静だと思ったら、慣れてしまっているようだ。
「なんだよ。お前らなぁ、そんな事に慣れてるんじゃないぞ」
呆れた佐藤大佐が漏らした。
「だって大佐、いちいち慌ててたら、キリがないじゃないですか」
いつも笑みを浮かべている、カタリナ飛行兵曹長が言った。
「そりゃそうだけど。敵に間違われたら、気分悪くないかぁ?」
「まあ、いい気分ではないですけど。仕方ないですよ、日本人は外国人を見慣れてませんからね。みんな、敵国の人間だと思ってしまうんでしょう」
エメリア少尉が、やれやれ、と言った感じで言った。
「まあ、日本人はそんなもんかもな。藤井少佐、とにかく彼女たちは味方だ。共同作戦をとる以上、彼女たちとも協力することになる。仲良くしてやってくれよ」
「ええ、もちろんです。よろしくね」
藤井少佐は、3人とそれぞれ握手を交わした。
佐藤大佐と藤井少佐は、3人と別れると、山口少将の部屋に向かった。
山口少将は、難しい顔をして、一枚の紙に目を通していた。
そこに、佐藤大佐と藤井少佐がやってきた。
それに気づいた、山口少将は、難しい顔のままで言った。
「佐藤大佐、ちょうどいいところに来た。これを見たまえ」
渡されたのは、一枚の電報だった。
佐藤大佐も、その電報に目を簡単に通した。
すぐに、佐藤大佐も難しい顔になった。
それは、大本営から送られた、渡り鳥作戦の決行に関する文書だった。
ついに、決行日が決定したのである。
この第000航空隊は、どの艦隊にも、どの鎮守府にも、どの警備府にも属していない、言わば無所属の独立部隊である。
それでも、自由奔放に山口少将や佐藤大佐の独断で作戦を決行する訳にはいかない。
命令は、大本営から直接来ることになっている。
まあ、大本営の方では、この第000航空隊をかなり煙たがっているようで、大本営陸軍部と大本営海軍部がどちらの所属にすべきなのかで、押し付けあっているようであった。
陸軍と海軍の混成部隊である、この第000航空隊では、そのような争いがあっても仕方がないだろう。
結局、どちらにも属さない独立部隊とされ、命令は大本営そのものから、どこも経由しないで直接来ることになった。
しかし、やはり着目されていないようで、作戦決行期間を通達してきただけで、作戦内容や指示は皆無だった。
つまりは、勝手にやって、失敗したら失敗した、成功したら儲けもん、というぐらいにしか大本営は見ていないということだ。
まあ、裏を返せば、上からうるさく言われないで、自由に動けるというメリットもあると言えるだろう。
「ふむ、随分と簡単な命令書ですね。まあ、勝手にやれってことですな」
佐藤大佐は、好都合とでも言わんばかりに、口元に笑みを浮かべた。
「ああ。だが、これでようやく動ける。さて、上の連中にこの部隊の実力をお見せするとしようかね」
山口少将も笑って見せた。
第000航空隊は、言わば軍のはぐれ者部隊だ。
そのはぐれ者が、日本軍で初めての米国航空爆撃をかけようとしているのだ。
まったく、腹が立つより笑える。
山口少将が、佐藤大佐と一緒に来た、見慣れない女性将校に、やっと気づいた。
「大佐、そちらの女性は?」
「藤井少佐です。なんでも、今作戦で共同作戦をとることになったらしく、やってきたそうです」
「共同…? ああ、伊30潜水艦の藤井少佐だな」
やはり、山口少将が手配していたようだ。
「はい。伊号第30潜水艦艦長の藤井少佐です」
藤井少佐は、山口少将に向けて敬礼した。
「なんだ、佐藤大佐の方に先に行ったのか」
「はい。どんな方が少女兵を統率しているのか気になって」
「どうだね、佐藤大佐は?」
山口少将は、まるで見合いの席の親のような口調で言った。
「正直、ちょっと頼りなさそうですけど…」
「おい、なんだよ、それ」
佐藤大佐は、まるで二人に試されていたような気がして、ムッとなった。
どうして、この渡り鳥作戦に伊号潜水艦が必要なのかは解らないが、山口少将が、第6艦隊に頼み込んで、一隻の潜水艦を一時的に編入してもらったらしい。
藤井少佐は、最初は軍がはぐれ者扱いする部隊に行くなど冗談じゃない、と猛反対したらしい。
だが、その部隊が自分と同じ女性を中心として編成されていると聞くと、興味をもったそうだ。
藤井少佐自身、女性であるというだけで、第6艦隊の潜水艦の艦長たちからは、けっこう蔑まされていたのである。
そこで、第000航空隊での少女兵たちの姿を見てみたくなったのだ。
しかし、指揮をとっているのが、男だと知ると、その男が男尊女卑の主義者であるかどうか、その点が気になった。
藤井少佐は、佐藤大佐がどんな人間かが気になって、着任早々に佐藤大佐の下を尋ねたのだ。
まあ、初対面の上では合格のようだが。
「大佐、あなたの部下は女性ばかりですよね? その女性たちを、どう思われますか?」
これは、いわゆる藤井少佐のテストだ。
佐藤大佐が、どう答えるかで、佐藤大佐を認めるか、認めないかが決まる。
「どうって…、みんな優秀な部下だよ。俺は、彼女たちと出会って日が浅いが、彼女たちを信頼している。大事な戦友だよ」
それを聞いた藤井少佐は、ニッコリと微笑んだ。
気が強そうな、藤井少佐が見せたその微笑みは、とても魅力的に見えた。
佐藤大佐は、つい頬を紅潮させて、視線をそらした。
「大佐、部下を大事にしてあげて下さいね。私も、あなたの指揮下に入った以上、あなたの命に従います」
藤井少佐は、かかとをカチッと鳴らして、改めて敬礼した。
「ああ、改めてよろしくな。藤井少佐」
二人は改めて、握手を交わした。
山口少将は、それとなく受話器を手にとった。
「もしもし、私だ。第000航空隊を全員集合させてくれ」
山口少将は、そう告げると、受話器を置いた。
そして、一言言った。
「さて、作戦会議と洒落込もうかね」
作戦会議室は、けっこうな広さがあった。
黒板の前に、長机が一つあり、その向こうに、いくつもの長机が繋がれて、何列もの机の列を作っていた。
佐藤大佐は、黒板の前の3人掛けの机の右に座り、苦笑していた。
なぜ苦笑していたのかというと…。
確かに、会議室には第000航空隊の少女兵たちが集合した。
問題は、その緊張感のなさというのか、いや、それ以上に雰囲気が問題だ。
机の上には、お茶碗に入った茶に、今では貴重な羊羹と薄皮饅頭が並べられていて、少女兵たちが美味しそうに、それらを頬張っている。
作戦会議というよりは、今で言う主婦のお茶会のような光景が、そこにはあった。
佐藤大佐は、隣の山口少将に確認した。
「あの、これって本当に作戦会議ですか?」
「ああ。そうだよ。決まってるだろ」
佐藤大佐は、呆れた声で言った。
「じゃ、じゃあ、何なんですか、この雰囲気はっ! この羊羹は! この饅頭は!」
頭が混乱した、佐藤大佐が喚いた。
「大佐、女の子は堅苦しい会議などで、作戦を説明するよりも、お茶にお菓子があったお喋りの方が理解してくれるだろう」
山口少将が意地悪に笑って言った。
「そ、そりゃあ、そうかもしれませんけど…。でも、ここは軍隊なんですよ」
「軍隊ではあるが、我々は独立部隊だ。周りから干渉される筋合いはない」
そう言うと、山口少将は、目の前の饅頭を一つ取ると、一口でパクリと食べてしまった。
佐藤大佐も、こんな羊羹や饅頭を見るのは、久しぶりだった。
つい、手が伸びてしまう。
山口少将に、ああ言った手前、どうも食べにくい。
山口少将の視線を伺って、饅頭に手を伸ばした。
すると、今まさに手に取ろうとしていた饅頭を、横から奪われた。
すぐに、その饅頭を追うと、二番機の副操縦士である、瀬戸泉二等飛行兵曹が饅頭を持っていた。
その脇には、困った顔の瀬戸雫飛行兵長がいた。
「大佐、ごめんなさい。貰っちゃっていいですか〜?」
瀬戸泉二等飛行兵曹が意地悪に言う。
その傍らの、瀬戸雫飛行兵長が喚いた。
「お姉ちゃん、駄目だよ。そんな意地悪しちゃ。大佐、ごめんなさい」
佐藤大佐は、どうしようもなくなって、瀬戸雫飛行兵長に言った。
「い、いやぁ、いいんだよ。は…ははははは」
すると、瀬戸泉二等飛行兵曹が、饅頭を持った手を伸ばしてきた。
「嘘、嘘ですよ、大佐。はい、食べさせて上げる。あ〜ん」
佐藤大佐は、瀬戸泉二等飛行兵曹が伸ばしてきた手に握られている饅頭を追った。
食べたい…。
佐藤大佐は、意を決して、「あ〜ん」と口を開いた。
パクっと瀬戸泉二等飛行兵曹から饅頭を食べさせて貰った。
甘い、久しぶりの味だ。
「どうですか? 美味しいですか?」
瀬戸泉二等飛行兵曹が聞いた。
「うん、甘い、美味いよ」
佐藤大佐は幸せな気分になった。
佐藤大佐は、落ち着いて周りを見た。
どの少女兵も、本当に楽しそうにしている。
まるで、戦時中とは思えない光景だ。
ただ、ドイツ空軍の3人は、日本のお菓子は初めてらしく、怪訝な表情を浮かべていた。
そんな3人に、九鬼一番機の航法士官である、秋月少尉が声をかけた。
「あれ〜、3人ともどうして食べないのぉ〜。とっても、美味しいんだよぉ〜」
ノエル中尉が口を開いた。
「で、でも、この黒いの何ですか…。この丸いのも、ちょっと…」
「これはぁ〜、羊羹っていってぇ〜、ええと〜、とても甘いの〜。これは、お饅頭っていって〜、ええと〜、やっぱり甘いの〜」
秋月少尉は独特の間延び口調で説明した。
まあ、説明にはなっていないような気がするが。
「ノエル中尉、とりあえず…食べてみましょうよ」
エメリア少尉が、怪訝な表情のまま言った。
カタリナ飛行兵曹長も、コクンと頷いた。
「あ、あんたたち、本気?」
「は、はい、行きます」
「私も…」
エメリア少尉とカタリナ飛行兵曹長が、羊羹の一切れを、勢いよく口に入れた。
しばらく、顔にグッと力を入れた表情のまま、羊羹を噛み締めた。
すると、二人は「あま〜い」「美味しいです〜」と言った。
ノエル中尉は、そんな二人を見て、羊羹に視線を戻して、睨み付けた。
そして、ノエル中尉も、決心して羊羹を口に入れた。
ノエル中尉も、やっぱり「…美味しい」と呟いた。
どうやら、3人も日本のお菓子の美味しさを解ってくれたようだ。
佐藤大佐は、山口少将に話しかけた。
「山口少将、作戦会議はどうするんですか?」
「あ、そうだった。忘れてたな」
忘れてたって…オイオイ、と佐藤大佐は内心思った。
山口少将は、立ち上がると作戦会議の開始を告げた。
「よし、それでは、作戦の説明を行う」
と言うと、一呼吸置いて、話を再開した。
「我々、第000航空隊にとって、初めての作戦行動である。各員、十分に気合を入れて貰いたい。作戦名は、『渡り鳥作戦』である。大佐、細かい説明を頼む」
佐藤大佐は、突然作戦を振られたので、焦った。
「え、あ、はい! ええと、細かい説明ですか…。ええと…、攻撃目標は…米国西海岸です。以上」
山口少将が、突っ込んできた。
「大佐、細かい説明と言っただろ」
「で、ですが、私はこれしか聞いていません」
と、佐藤大佐が訴えると、山口少将が自信ありげに言った。
「うむ、私もそれしか説明しておらん!」
そ、そんな、自信たっぷりに言わなくても…。
「少将〜…」
佐藤大佐は、山口少将の意地悪に、つい情けない声を出した。
「ははは、悪かった、悪かった。じゃあ、細かい説明は私がするよ」
赤面した佐藤大佐に、少女兵たちから声援が送られた。
「大佐〜、しっかり〜!」
「頑張れ、大佐〜!」
「私たちは、大佐に従います! 安心してくださ〜い!」
佐藤大佐は、恥ずかしそうに髪を二、三度弄って、少女兵たちに向かって、親指を立ててオーケーサインを見せた。
作戦会議とは思えないな、と佐藤大佐は心でぼやいた。
でも、不思議と楽しかった。
そして、少女兵たちに信頼されていると思うと、なんとも自分自身が誇らしく思えた。
まだ意地悪に笑っている山口少将が、淡々と作戦の概要を説明し始めた。
…続く
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