架空戦記
「戦場の空を舞え 飛行空母九鬼」
第一部「九鬼 初出撃せよ!」
第三話
「訓練! 訓練! 猛訓練!」
佐藤大佐は、着任した次の日から、九鬼の飛行訓練に従事した。
1月16日に、午前、午後と二回。
さらに、19日に一回。
そして、22日に二回と、猛訓練に励んだ。
第000航空隊の少女兵たちは、さすがにもう慣れているようだが、佐藤大佐は、航空機に乗ること自体が久しぶりのことなので、実質は佐藤大佐一人のための飛行訓練になっていた。
しかし、おかげでやっとのことで、戦闘機の操縦員をしていた頃の勘が戻ってきた。
長い航空参謀としての地上勤務よりも、やはり自分は空を飛ぶのが似合っている、と佐藤大佐は改めて実感した。
1月25日、いよいよ本格的な訓練に入る事になった。
実は、この第000航空隊は、飛行空母九鬼と九鬼飛行隊を別々にして訓練を続けて錬度を高めていたのだが、艦載機を搭載しての飛行訓練、また艦載機の発進訓練は行ったことがなかったのである。
今回の渡り鳥作戦は、何が何でも必要なことは、艦載機を発進させることであり、艦載機を搭載しながら米国西海岸まで向かう事である。
この訓練は、最も必要な事であった。
昭和18年1月25日
快晴である。
まさに雲ひとつない、絶好の飛行日和とでも言おうか。
搭乗員たちは、もうすでに滑走路脇の駐機場に停めてある、九鬼一番機の周りに集まっていた。
佐藤大佐は、ゆっくりと九鬼一番機に歩み寄った。
それに気づくと、搭乗員たちが元気よく声をかけてきた。
「お早うございます!」
「ああ、お早う。どうだ、昨日はよく眠れたか?」
すると、大半の者が、初めての艦載機搭載飛行訓練という事で、眠れなかったようだ。
恥ずかしそうに苦笑いする者が多かった。
しばらくすると、整備員たちが、搭載する艦載機を押してきた。
九鬼は、飛行する際は、艦載機を機の下に吊り下げた形で飛行する。
では、地上に着陸している時にはどうするのか。
九鬼の機体の下半分には、懸架レールと呼ばれるものが、たくさん走っている。
このレールを伝い、機内の遠隔操作で、機外の機を自由に移動できるようになっているのである。
まず、離陸する際は、艦載機を機体の横の懸架レール上に繋ぎとめておき、離陸後、機の下にレールを通して移動させるのである。
艦載機が、次々と機体側面に吊り下げられていく。
それを見届けた佐藤大佐が、一声言った。
「よし、それじゃ、全員搭乗せよ」
搭乗員たちは、「了解!」と声を揃えて言った。
なお、九鬼一番機の乗員配置は、この通りである。
飛行空母「九鬼」一番機乗員リスト
機長:佐藤大佐
操縦士:田岡奈々子少尉
副操縦士:榎本萌二等飛行兵曹
航法士官:秋月沙羅少尉
無電士:姫宮つぼみ上等飛行兵曹
爆撃手:瀬戸雫飛行兵長
整備科指揮官:葉山奈美中尉
整備兵:富田菊代一等整備兵曹、安田千恵二等整備兵曹、服部友子二等整備兵曹、加藤蘭整備兵長
軍医長:白鳥麗奈大尉
衛生兵:田宮千夏二等衛生兵曹、平野加奈衛生兵長
機首上方20ミリ連装機銃員:横田花飛行兵曹長
機首下方20ミリ連装機銃員:水島美子二等飛行兵曹
前部右側面20ミリ単装機銃員:清水絵美一等飛行兵曹
前部左側面20ミリ単装機銃員:山瀬亜里沙二等飛行兵曹
後部上方20ミリ連装機銃員:鈴木香奈飛行兵長
後部下方20ミリ連装機銃員:土屋千歳二等飛行兵曹
後部右側面20ミリ単装機銃員:浅野葉子二等飛行兵曹
後部左側面20ミリ単装機銃員:樋口香里一等飛行兵曹
後部20ミリ単装機銃員:長谷川葵上等飛行兵曹
艦載機搭乗員
一番機:豊口愛子大尉・本田真奈飛行兵曹長
二番機:野田瞳一等飛行兵曹
三番機:山城富美子二等飛行兵曹
四番機:ノエル・シュタウフェン中尉
五番機:エメリア・キンスキー少尉
六番機:カタリナ・ハルトヴィック飛行兵曹長
搭乗員たちは、素早く搭乗を完了した。
九鬼二番機から五番機にも、搭乗員たちが搭乗を完了した。
操縦士の田岡少尉が、操縦士席につくと、安全ベルトを締めて、すぐに後ろを振り向いて聞いた。
「エンジンを始動させてよろしいですか?」
佐藤大佐は、「うむ」と短く答えた。
田岡少尉は、エンジン始動レバーを一つずつ下げていく。
九鬼は、九基のエンジンを搭載しており、それぞれが独自に独立しているのである。
そのため、始動レバーが、九つも操縦席についているのである。
一番、二番、三番、四番と次々に始動させていく。
五番のレバーを下げた、エンジンがかからない。
五番のレバーを一旦上げて、再び下げる。
すると、ブルルっと唸りを上げて、五番エンジンも始動した。
次いで、六番、七番、八番と始動させていく。
最後に、機首の九番エンジンの始動レバーを下げた。
全部で九基のエンジンが、リズミカルなエンジン音を立てた。
回転数が徐々に上がっていく。
暖機運転としては、十分だろう。
九鬼一番機は、誘導員の指示に従い、滑走路に移動した。
ふと、風防から外を見ると、基地司令部の前に、山口少将の姿が見えた。
佐藤大佐は、見えてはいないと思ったが、敬礼した。
すると、山口少将も敬礼を返してきた。
佐藤大佐は、つい微笑んだ。
さすがに艦載機を6機も積むと重い。
いつもよりも、九鬼は明らかに動きが鈍くなっている。
田岡少尉は、いつもの数倍は操縦桿が重くなったような気がした。
頬に自然と汗が垂れてくる。
「落ち着け、田岡少尉。いつも通りにやればいい」
と言うと、田岡少尉は「はい」と答えた。
機体を小刻みに揺らしながら、九鬼一番機は滑走路を滑走し始めた。
徐々に速度が上がっていく。
この伊丹飛行場は、第000航空隊のために、滑走路を4000mまで延長させていた。
いつもなら、3000m付近で飛び立てるはずである。
しかし、田岡少尉は簡単には飛び立てないと予感していた。
2000m、2500mと滑走路を滑っていく。
3000mを切ったが、やはり飛び立てない。
佐藤大佐も、さすがに表情を強張らせた。
田岡少尉は、必死で重い操縦桿を操作していた。
3500mを切った。
離陸できない。
基地のフェンスや、土嚢が迫ってきた。
佐藤大佐は、「まずい、ぶつかる!」と心の中で叫んだ。
だが、九鬼一番機は、3700mで何とか離陸した。
操縦室の全員が、「ふぅ…」と安堵の声を漏らした。
機長席の真後ろの爆撃手席の瀬戸飛行兵長が、佐藤大佐に話しかけてきた。
「はぁ〜、ヒヤヒヤしましたね」
「ああ、さすがにやばいと思ったよ」
後部機銃員の長谷川上等飛行兵曹は、二番機が滑走路を滑っているの見ていた。
二番機も、一番機同様に危なげだった。
一番機は、伊丹飛行場の上空を旋回しながら、後続機が離陸するまで待機していた。
佐藤大佐は、飛行が安定したのを確認すると言った。
「よし、一息つこうか」
操縦士の田岡少尉と、副操縦士の榎本二等飛行兵曹以外の搭乗員は、安全ベルトを外した。
その時、無電士席のスピーカーから声が聞こえた。
九鬼は、日本軍が現在使用している無線よりも、優秀なものを使用している。
それは、二番機の整備科指揮官の西角中尉が改良した無線である。
今までの機上無線電話は、非常に雑音などが邪魔をしてほぼ役に立つものではなかった。
それを、西角中尉が改良し、非常に使いやすいものにしたのである。
これは、当然に上層部に新型無線として、量産を申請したのだが、「そんな、どこの部隊とも知れぬ特設部隊が考えた物を信用できるか」と一蹴されてしまったのである。
そのため、この新型機上無線電話は、第000航空隊のみで使用されているのである。
まだ滑走路を走っていない五番機からの交信だった。
「六番エンジンが不調です。どうしましょうか?」
五番機の機長が、そう言ってきた。
六番エンジンが不調の状態で訓練を続行すべきか、聞いてきたのである。
訓練だからといっても、不慮の事故が起こらないとも限らない。
しかし、我々には時間がなさ過ぎた。
佐藤大佐は、無電士席に近寄ると、マイクを手に取り、「受」になっている無線電話を「送」に切り替えて言った。
「こちらツバメ1、こちらツバメ1。ツバメ5、六番エンジン以外は問題ないか?」
ツバメとは、九鬼の通信コードである。
渡り鳥作戦を行うので、ツバメという安直な考えではあるが、複雑にしたところで、何も意味がない。
五番機から答えが返ってきた。
「こちらツバメ5。六番以外は問題ありません」
「了解。なら何とか応急修理して離陸しろ。離陸すれば一基くらい止まっても飛行に支障はないだろう」
佐藤大佐は、多少の不安があったが、訓練を強行する事にした。
九鬼は次々と離陸して、5機が何とか揃った。
五番機も、何とか離陸できた。
通常は、作戦中は無線封鎖をする。
そのため、訓練中は先ほどのような緊急事態がない限り、機上無線電話をしないように厳命している。
一番機は、機体をバンクさせた。
これは、「ピラミッド隊形を作れ」の合図である。
第000航空隊は、素早く隊形を作った。
だが、やはりいつもよりふらついている。
機体が重すぎるのである。
佐藤大佐は、高度を6000に上げるように指示を出した。
田岡少尉が、ゆっくりと操縦桿を手前に引いた。
ゆっくりと九鬼が機首を持ち上げた。
九鬼は、その巨体から、毎秒一mしか上昇できない。
非常にとろい。
さすがに、イライラしてくる。
佐藤大佐は、田岡少尉に、6000mに達したら報告しろ、と伝えると、与圧隔壁の気密扉を開いて、機の後部に向かった。
操縦室の後ろは、整備員及び艦載機搭乗員の待機所になっている。
佐藤大佐が入ると、その場の全員が起立して敬礼した。
佐藤大佐も、敬礼で答える。
「全員、用意はよいか」
「はい!」
元気のいい答えが返ってくる。
「もうじきで、高度6000である。6000に達し次第、発進訓練に移る」
佐藤大佐は、そういい終わると、搭乗員を見回した。
九鬼一番機は、全ての搭載機が戦闘機である。
さらに、ドイツ空軍搭乗員が3名も配置されている。
その3人は、この部隊設立時に、ドイツ空軍から是非とも使ってくれ、と向こうから勝手に送られてきた搭乗員であった。
まあ、実際この部隊は、搭乗員不足に喘いでいたので、ちょうどいい事ではあった。
だが、ドイツ軍の考えも気になった。
恐らくは、どこかで掴んだ飛行空母建造計画に一枚噛むことによって、飛行空母の有効性が認められた際、ドイツ空軍も協力したという事実を盾に、この九鬼を何とか手に入れようというような目論見があるのだろう。
この3人は、最初は始めて乗る零式艦上戦闘機三二型に、随分と手間取っていたが、それも二、三回の飛行でものにしてしまった。
はっきり言って、優秀な搭乗員だ。
戦闘機隊隊長の豊口大尉が、佐藤大佐に代わって話し始めた。
「みんな、いいわね。初めての発進だからって慌てないこと。落ち着いてやれば、絶対にできるわ」
6人の搭乗員が頷いた。
佐藤大佐は、その光景を見て、ついこう言った。
「豊口大尉、なんか君、こいつらのお母さんみたいだな」
それを聞いた豊口大尉は、頬を赤らめて言った。
「な、何言うんですか、いきなり」
6人の搭乗員たちも笑った。
「もう、何笑ってるの。いいかげんにしなさい」
すると、長い金髪を揺らして、ノエル中尉が言った。
「なら、私が豊口大尉のお父さんをやりますよ」
豊口大尉も、つい笑みをこぼした。
「そうね、なら私と一緒に、この娘たちの面倒を見てもらうわよ」
確かに彼女たちは優秀だ。
だが、それでもまだ未熟な部分がある。
それを教え込むのが、隊長たる勤めであろう。
その時である。
機内放送が流れた。
「高度6000に到達。艦載機は発進用意」
九鬼は、離陸して水平飛行に移った時点で、懸架レールを操作して、艦載機を機下に移動させていた。
佐藤大佐は、「しっかりな」と一言言うと、操縦室に戻っていった。
九鬼には、六ヶ所の艦載機移乗口が存在し、この穴を通り、機下の艦載機に移るのである。
しかし、高度4000を過ぎると、外は酸素が薄い。
そこで、搭乗員は酸素マスクを装着して、艦載機に移るのである。
搭乗員は、外の極寒の空気に触れながら、機に移乗した。
隊内無線電話を使い、豊口大尉が報告した。
「全機、準備よし」
他の九鬼からも、発行信号で、「準備よし」の信号が送られた。
佐藤大佐は、機上無線電話のマイクを取り、こう告げた。
「よし、各ツバメへ、ヒナを投下せよ!」
ついに、飛行空母九鬼の初めての発進訓練が始まったのである。
…続く
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