架空戦記
「戦場の空を舞え 飛行空母九鬼」
第一部「九鬼 初出撃せよ!」
第二話
「巨大鳥を操る少女たち」
佐藤大佐と山口少将が、搭乗員宿舎の前辺りにつくと、中からの騒がしい声に、つい足を止めた。
次いで、山口少将の方に向きなおすと、「ここなんですか? 搭乗員宿舎ってのは?」と、目線と目の動きで質問した。
山口少将は、苦笑しながら頷いた。
つまり、この騒がしい声の連中が、山口少将の言う腕のいい搭乗員だということだ。
それでいて、佐藤大佐の部下だ。
何とも、佐藤大佐は不安で仕方なくなった。
搭乗員宿舎の扉を開けると、中から温風が噴出してきた。
どうやら、宿舎の中は一応は暖房が効いているらしい。
さすがに一月の外は、身を切るような寒さだ。
お陰で、多少は寒さが和らいだ。
宿舎のロビーのような所には、テーブルを囲んで四人の搭乗員が何やら盛り上がっていた。
その光景を見て、最初は喧嘩でもしているのかと思った。
なぜなら、帝国陸軍の軍服の人間と、帝国海軍の軍服の人間が一緒にいたからである。
陸軍と海軍のいがみ合いは、今に始まったことではなく、どこの基地に行っても、陸軍と海軍の人間が顔を合わせれば、大半は争いごとを起こす。
佐藤大佐も、幾度となく、そんな光景を見てきた。
だが今、佐藤大佐の目の前の光景は、争いとは違うようだ。
騒がしいとは思ったが、どうやら雑談しているだけのようだ。
それにしても、甲高い声の連中だ。
四人の内の一人が、こちらに気づいたようだ。
四人は慌てて起立すると、かかとを鳴らして敬礼の姿勢をとった。
山口少将も、軽く敬礼するとすぐに言った。
「全員、楽にしてよろしい」
そう言うと、四人はすぐに姿勢を崩して、軽く話しかけてきた。
今まで、気づかなかったが、四人は全員女性のようだった。
「山口少将が、こんな所にいらっしゃるとは、珍しいですね」
一人の少女が言った。
すると、その脇の少女が、すぐに好奇心満々の瞳で、佐藤大佐を指差した。
「そちらの方は、どなたですか?」
「ああ、こちらは佐藤大佐だ。この度、君たちの司令官として着任した」
「よろしく。佐藤大佐だ」
四人は、揃って「よろしくお願いします!」と言った。
どうやら、新たな司令官が着任することは、事前に伝えられていたらしい。
紹介が一段落したところで、山口少将が口を開いた。
「誰か、佐久間大尉を呼んできてくれんか?」
そう言うと、すぐに一人の少女が佐久間大尉を呼んできた。
帝国海軍のスカート付き将校服に身をまとい、短く切り揃った髪に、気品すら感じる細く鋭い目つきの女性将校が現れた。
「佐久間恵美大尉です。我が部隊へのご着任、心より歓迎致します」
そう言うと、改めてカチリとかかとを鳴らして、まさにビシッという効果音が聞こえてきそうな綺麗な敬礼をした。
それに答えて、佐藤大佐も出来る限りの整った敬礼をした。
「山口少将、佐藤大佐には、我が部隊の説明は、もう済んでいるのですか?」
姿勢を崩さないまま、佐久間大尉が聞いた。
「いや、細かいことはまだだ。佐久間大尉、西角中尉と一緒に、格納庫に来てくれ。佐藤大佐に、細かい説明をしたい」
「はい、すぐに参ります」
佐藤大佐は、先に山口少将と格納庫に戻った。
佐久間大尉と西角中尉が来るまで、しばらくの時間が出来た。
佐藤大佐は、丁度いいと思い、こう切り出した。
「山口少将、もしかして…いえ、もしかしなくても彼女たちが私の部下になる搭乗員たちですか?」
「ああ、そうだ。びっくりしただろ、全員女性なんだぞ」
確かにびっくりした。
顔には出さなかったが、かなりびっくりした。
まあ、ある意味では失望という意味でのびっくりだったような気もするが。
「確かにびっくりしましたが…、本当に彼女たちが優秀な搭乗員なのですか?」
佐藤大佐は、いかにも信じられんという目つきで言った。
「その点は心配はいらん。まあ、君の気持ちは解るがね」
山口少将は、佐藤大佐の肩にポンと手を置くと、話を続けた。
「私も、この部隊を設立する時に、最初はそう思った。九鬼を製作するだけの予算を、頭を下げに下げてようやくひねり出せた、そこまでは順調だったんだ。だが、問題は搭乗員だったよ。度重なる戦いに次ぐ戦いで、搭乗員の余裕がなくなっていてな、ベテランの搭乗員は愚か、新米すら満足に送り込めないと言われたよ。そこで目をつけたのが、彼女たちだ。上層部の連中は、戦争は男、女は人力の生産と割り切って考えておるからな、女性搭乗員の実力を過小評価していたんだ。ところがだ、彼女たちを配属して見れば、男の下手な新米搭乗員よりはるかに優秀だったんだよ」
佐藤大佐は、「ほう…」と漏らした。
「まさに、棚から牡丹餅ですな」
と、口元に笑みを浮かべると、さらに続けた。
「それに彼女たちには、陸軍だ海軍だ、とかの争いもまったくないようですね」
山口少将は、自慢げに頷いた。
「ああ。しっかり統率もとれている。もしかしたら、この部隊は歴史を変えるような部隊になるかも、と本気で思えるよ」
山口少将にここまで言わせるということは、彼女たちは本当に凄い連中なのかもしれない。
いや、山口少将が言うのだから、きっとそうなのだろう。
しばらくすると、佐久間大尉が西角中尉を伴って現れた。
西角中尉は、少し油汚れがついた白い整備員服を着ていた。
「お呼びですか、山口少将」
「ああ、こちらは佐藤大佐だ。この部隊の司令官として着任した。早速だが、この部隊と九鬼について説明してやってくれ」
と言うと、まず佐久間大尉が話し始めた。
「まず、この部隊の正式名称ですが、もうお聞きになりましたか?」
佐藤大佐は、首を横に振った。
「第000航空隊です。覚えておいて下さい」
「第000航空隊だと?」
つい、佐藤大佐は疑問の声を漏らした。
日本軍の航空隊は、3つの数字を組み合わせて作られている。
百の位は機種を、十の位は所管鎮守府を、一の位は常設か特設かを表しているのである。
例えば、第332航空隊があったとする、百の位が3であるから、これは「戦闘機」を表し、次の3は「呉鎮守府」を表し、最後の2は偶数、つまり「特設」を表している。
これをまとめると、第332航空隊=戦闘機隊、呉鎮守府所管、特設航空隊となる訳である。
疑問がありそうな表情の佐藤大佐に、山口少将が言った。
「ああ、大佐、飛行空母という機種は、未だかつてなかった訳だ。だから、0でいいんだよ」
「ふむ…。機種は、まあそれで納得できますが。十の桁の0は、横須賀鎮守府に属していることになってしまいますが…」
「まあ、その点は気にするなってことだ。実際、第000航空隊は、どこにも属していないことになっている。最後の一桁の特設ってのは合ってるがな」
「そ、そんな事でいいんですか…?」
佐藤大佐は、呆れた声を漏らした。
「まあ、上層部の連中は、こんな特設部隊に着目などしておらんよ。それも今だけだがな。今回の作戦が成功すれば、奴らの見る目も変わるはずだ」
「今回の作戦…ですか?」
そこに佐久間大尉が割り込んだ。
「大佐、作戦については後ほど説明致します。では、説明を続けますが、第000航空隊は、現在五機の九鬼で構成されております。さらに艦載機が30機です。大佐には、九鬼一番機の機長と、この編隊の指揮をお願いします」
「うむ」
佐藤大佐は、大きく頷いた。
それを見た、佐久間大尉はニコリと微笑むと、西角中尉を促した。
「では、続きまして、飛行空母九鬼について、西角中尉にお聞き下さい」
西角中尉は、淡々と九鬼についての説明を始めた。
それをまとめると、こうである。
飛行空母「九鬼」
全長:67m 全幅:79m 全高:9m
重量:84300s 最大速度:480キロ(満載時、410キロ)
航続距離:20600q 爆弾搭載量:9,6トン
主兵装:20o連装機銃×4
20o単装機銃×5
搭載機:6機
まさに、化け物と呼ぶに相応しいであろう。
なお、一機の九鬼に必要な乗員は35名程だそうだ。
説明を聞き終えて、格納庫を出た佐藤大佐は、空を見上げて、大きく深呼吸した。
「はぁ、くたびれたな…」
実は、西角中尉の説明は、実に二時間にも及んでいたのだ。
ようやく、説明が終わって解放されたというわけだ。
そこに山口少将と、佐久間大尉が近づいてきた。
それに気づいた、佐藤大佐は、「まだ何か?」と尋ねた。
山口少将は、おもむろに話し始めた。
「大佐、我々の初陣の舞台の件なのだが、この攻撃目標は、今のところ私と佐久間大尉しか知らん。そこで、君にも伝えておく」
今までニコニコしていた山口少将が、軍人の顔に戻って言った。
「作戦名は、『渡り鳥作戦』だ。攻撃目標は…、米国西海岸だ」
「な、何ですって!」
その時、凄まじい爆音が辺りを包み込んだ。
西の空から、30機近い航空機が、この伊丹飛行場に向かって来ていた。
訓練に出ていた、九鬼に搭載する飛行隊が戻ってきたのである。
佐藤大佐の叫びは、九鬼飛行隊の爆音でかき消された。
佐藤大佐は、この爆音が自分に対して「問答無用」と言ってきたような気がした。
九鬼飛行隊の先頭機は、佐藤大佐の前で見事な着陸を見せた。
それはまるで、「意気軒昂」とでも言いたげにも見えた。
先頭機に続くように、二番、三番機と、次々に着陸を始めた。
確かに佐藤大佐は、この時感じたのだ。
説明のつかない、闘志のような物があふれ出るような感情を。
胸が熱くなり、鼓動が早くなったのが解った。
不思議だった。
何の根拠がある訳でもないのに、この九鬼飛行隊を見ていて、つい佐藤大佐は、こう呟いた。
「…やれる。こいつらなら、米国に一泡ふかせられる。ミッドウェーの仇もとれるかもしれない…」
佐藤大佐は、山口少将の方に向きなおすと、こう言い切った。
「やりましょう! 米国の奴らに、我々がミッドウェーで味わった屈辱を、何百倍にでもして返してやりますよ! この、第000航空隊で!」
それを聞いた、山口少将は大きく頷くと、再び着陸を続ける九鬼航空隊に視線を戻した。
…続く
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