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願望小説

「大佐の妄想劇場」

〜俺の愛した義妹〜

 三章
「優しさは災いの元?」

 その日は晴天だった。
 まさに、雲ひとつない晴れ晴れとした空模様である。
 そんな蒼い空の下は、そこもまた蒼一色に支配されていた。
 蒼い海である。
 水平線が見えなければ、海と空の境が解らないのではないか、そんな気すらしてしまう。
 海上には、数隻の船が白い小波を巻き起こしながら進んでいた。
 大きさから、どうやら駆逐艦の艦隊のようである。
 その内の一隻の右舷の甲板では、佐藤泰叉がボーっと空を見上げる姿が見られた。
 帝国海軍少尉である佐藤泰叉ならば、別におかしくもない風景である。
 しかし、その様子は尋常には見えなかった。
 そこに、同じく海軍の制服に身を包んだ青年が、近づいてきた。
「おい、佐藤。おまえ、何ボケッとしてんだ?」
 彼は、佐藤泰叉と同じ少尉で、海軍兵学校で知り合った親友…、いや悪友とも言うべき男である。
 名を「村神 勝(むらかみ まさる)」と言う。
 海軍兵学校では、よくドンケツを競ったものだ。
 佐藤と村神のどちらがテストでビリをとるか、賭けの対象にされたりもした。
「なんだ、村神か。何か用か?」
 俺は素っ気無い態度で返した。
「何か用かだとぉ。おまえが外洋演習に出てから変だから、こうやって気にして来てやったんじゃないか」
 現在は、佐藤泰叉の所属する艦隊は、外洋演習という名目で、外洋に航海に出ている。
 3日間の海上生活である。
 しかし、佐藤泰叉にとっては辛い3日間である。

 時は溯って二日前。
 6月が始まって、少し経った頃である。
 その日も、いつものような一日で終わるはずだった。
 いつものように家のドアが開いた。
「うわぁぁぁぁん! 美奈ぁ、佐奈ぁ〜〜〜!」
 俺は、悲しみのどん底に陥っていた。
 それには、ある訳があった。
 あまりの大声に、美奈と佐奈が、夕飯の準備もそっちのけで玄関に出てきた。
「どうしたの、お兄ちゃん?」
 美奈がエプロン姿のまま、心配そうに問う。
 佐奈も、少し心配そうにしている。
「グスッ…実はな…、明日から…」
 俺は鼻を何度も鳴らしながら話を進めた。
 そんな俺の様子を察してか、二人の表情も真剣だ。
「三日間の、外洋演習に行かなくてはならなくなったんだぁ〜〜!」
 二人は、緊張の糸が切れた。
 すぐに、「な〜んだ、そんな事か」と漏らした。
「そ、そんな事とは何だよ。美奈と佐奈と、三日も会えないんだぞ!」
 実はこれは、佐藤家にとっては風物詩のような物になっている。
 帝国海軍に所属する俺は、不定期で外洋演習などに出なければならない事があった。
 俺は、そのたびに、こんな風に泣きながら帰宅するのである。
 美奈と佐奈も、いいかげん慣れてしまったようで、近頃では驚きもしない。
 1年前くらいの頃ならば、三日も俺がいないという事で、二人も随分と不安そうな表情を見せてくれたものだ。
 だが、佐奈はともかく、美奈はもう中学二年である。
 三日くらい俺が家を空けても、どうとも思わないようになったようだ。
 それは、すなわち美奈の成長を意味するのだが、兄として多少悲しかったりする。
「お兄ちゃん、私たちなら平気だから、安心して演習に行ってよね」
 美奈は夕食の席で、そう言った。
 俺は、まだ赤い目をこすりながら頷いた。
「まったく、美奈も成長しやがって。お兄ちゃんがいなくたって、二人は平気なんだ、俺がいなくたって別に気にもしないんだ」
 俺は、今度は拗ね始める。
 これも、いつものお約束である。
「もう、お兄ちゃんはいつもそうなんだから…。お兄ちゃんがいない生活なんて、私、考えられないよ」
「私も、私もお兄ちゃんがいなくなったら嫌だよ」
 二人が、真剣に言う。
 一応は、二人の言っている事は本音である。
 俺は、それを聞くと、急に元気になる。
「だ、だよなぁ〜! いやぁ、お兄ちゃん、元気が出てきたぞ。な〜はっはっはっはっはっ!」
 俺は、勢い良く夕食の箸を進めた。
 こんな事が、不定期ではあるが、佐藤家では繰り広げられていた。
 お兄ちゃんは、極度のシスコンであるという証明だろう。
 それに負けないくらい、美奈と佐奈も極度のブラコンである事に違いはない。

 これは二日前の話。
 そして、今は演習二日目である。
 俺は、少々ホームシックである。
「村神…、妹に三日間も会えないのって…、こんなに辛い事なんだなぁ」
 村神少尉は、呆れた。
「おまえ…、そんな事でボケッとしてたのかよ」
 俺は、そう言われても、蒼い空をボケッと見上げていた。
「おまえに妹がいるのは知ってたけど、それは異常じゃないか?」
 この言葉、少しカチンと来た。
 俺は不機嫌な口調で聞きなおした。
「なんでだよ? 三日間も会えないんだぜ」
「三日間も、じゃなくて、たった三日間じゃね〜か」
「ふん、貴様のような愛のないやつに、何が解る。家族を愛する心があるならば、そんな事言えないぜ」
「お前なぁ、それが異常だって言ってるんだよ。もしかして、お前さ、妹と変な関係になってないだろな」
 俺は、村神の言ってる意味が、いまいち理解できなかったので聞きなおした。
「変な関係? 何だそりゃ」
 そう言うと同時に、艦内スピーカーから怒声が響いた。
「現在0100(マルヒトマルマル)、予定通り爆雷投下訓練を行う。爆雷要員は後部甲板に集合せよ」
 俺は、別に爆雷要員ではないが、爆雷投下の訓練に立ち会う事になっていた。
 水兵たちが、駆け足で集合し始めた。
 現在の新生大日本帝国では、男女差別を忌み嫌うという風潮があった。
 そのため、この駆逐艦「むつき」の乗組員の5割は女性だった。
 ちなみに、俺が所属してるのは、帝国海軍第6水雷戦隊所属第30駆逐隊の駆逐艦「むつき」である。
 これは、太平洋戦争中に、帝国海軍が使用していた睦月型駆逐艦とは、まったくの別物である。
 現在の技術の粋を結集したと言ってもいい、新生大日本帝国海軍の最新鋭駆逐艦であった。
 そのため、通称、新睦月型駆逐艦と呼ばれていた。
 第30駆逐隊には、むつきの他にも、3隻の駆逐艦が所属していた。
 これもちなみに言うと、駆逐艦「むつき」「きさらぎ」「やよい」「もちづき」である。
 乗組員たちは、数分もしない内に集合を終えた。
 そこに、今回の演習の指揮をしていた「矢島 晶(やじま あきら)大尉」が現れた。
 この矢島大尉、水兵の間では「無感情の矢島」とあだ名されていた。
 まさにその通りで、矢島大尉は感情という物がないのではないかと思えるくらい、表情を変えない。
 元から怒っているような顔つきで、笑った所など見た事もなかった。
 正直、部下を叱り付ける所ばかりを見せられてきた。
 俺も何度も怒鳴られ、時には殴られたりしていた。
 はっきり言って、好きになれない。
 いつか、矢島大尉より偉くなったら、千倍にして返してやろうと考えている。
 そうこうしている内に、我が第30駆逐隊は増速した。
 数キロ先に見える、潜水母艦「たいげい」から標的無人潜水艦が発進した。
 この潜水母艦、潜水母艦とは言っても、別に潜水艦を搭載する物ではない。
 本来は、潜水艦に対する補給や魚雷の調整が目的の艦である。
 しかし、それは太平洋戦争の話。
 この新生大日本帝国海軍の潜水母艦は、本当に潜水艦を搭載する事も出来る。
 ただし、呂号以下の潜水艦のみである。
 伊号より巨大な潜水艦は、不可能とされている。
 本国では、今、大型潜水母艦を開発中という話を聞いている。
 「たいげい」より発進した標的無人潜水艦に向けて、我らの駆逐隊は転舵していく。
 俺と村神少尉は、乗組員たちが爆雷投下をしている姿をただ見つめていた。
 立ち会うと言っても、これと言ってする事がなかったのだ。
 そんな時、村神少尉が俺に耳打ちするように話しかけてきた。
「おい、見ろよ。まただぜ、矢島のやつ」
 見ると、矢島大尉が、まだ若い女性の乗組員に怒鳴っていた。
「なんでもっとすばやく出来ない! お前一人がとろいと、他のやつらも遅くなるんだよ!」
 女性とは言っても、まだ若そうに見える。
 17か18歳という所だろうか。
 肩まで伸びた黒髪が、潮風になびいていた。
 だが、その表情は怯えの一色だった。
 入りたての新米なのかもしれない。
 パッチリとした目には、涙を溜めていた。
「えっ、なんで素早く出来ないんだっ! この長い髪が邪魔だからかっ!」
 そう言うと、矢島大尉は、彼女の黒髪をむんずと掴み、引っ張った。
「痛いっ、痛いですっ!」
 彼女は、悲痛な声を漏らした。
「これくらいで痛いだぁ。それでも貴様は、誇り高き皇軍かっ!」
 俺は、苦痛で歪んだ表情のままの彼女と目が合った。
 その瞬間、不思議な体験をした。
 彼女と美奈がダブって見えたのだ。
 美奈と佐奈が暴行を受けていた時の姿と、今の彼女の姿がダブって見えたのだろう。
 デジャ・ビュというやつかもしれない。
「矢島のやつ、あそこまでしなくてもいいじゃねぇか」
 村神少尉も小声でぼやいた。
 俺は、近くに置いてあった予備の爆雷を手にとった。
 それを、矢島大尉の方に向けて転がした。
 それを見た村神少尉は慌てた。
「お、おい、佐藤、何やってんだよ!」
 爆雷はコロコロと矢島大尉の方に転がった。
 そこで俺が叫んだ。
「矢島大尉ー!危ないですよ、爆雷がそっち行きましたよぉ〜!」
 俺は、わざとらしく駆け足で、止めに行った。
「わぁっ!」
 矢島大尉は、掴んでいた彼女の髪を離して、後ずさりした。
 俺は、転がる爆雷を矢島大尉の前で止めた。
 「無感情の矢島」の異名を持つ、矢島大尉の表情は引きつっていた。
「こ、こらっ、佐藤! 何をしておるかぁ!」
「はっ、申し訳ありません。自分の不注意であります」
 俺は真面目な表情に戻して、敬礼した。
「佐藤、ちょっと来い!」
 これは、部下のいない所で俺を殴る気だと、すぐにわかった。
 矢島大尉は、部下が見ている所ではあまり人を殴らない。
 何故かはわからないが、必ず1対1で殴ってくる。
 もちろん、部下である俺たちは、ただ耐えるしかない。
 あの矢島大尉に髪を引っ張られていた少女も、それを心配そうに見ていた。
 俺は矢島大尉の後について歩き始めた。
 そして、彼女に向けて小さくピースサインを見せた。
 少女は、それを見てどう思っただろうか。
 俺は、美奈とダブった彼女を助けたかった。
 ただそれだけ。
 それ以上でも、それ以下でもない。
 そんな単純な理由だった。
 自分でも馬鹿をしたと思う。
 だが、助けなければもっと後悔していたろう。
 まっ、自分が殴られればいいだけだ。
 細かい事は考えない事にしよう。
 この後、俺は矢島大尉にボコボコに殴られた事は言うまでもない。

 二日目の夜、今日の演習は終わり、やっとこさ部屋に帰りつけた。
 俺は、二人部屋の士官室に寝泊りしている。
 村神少尉との同室である。
「佐藤、こりゃまた派手にやられたな」
 俺の顔は、まさにボコボコの文字通りの顔になっていた。
 口の中も切れているようで、口内を舐めると痛い。
「アイタタタタ…、今日は一段とひどかったぜ」
「そりゃあんな事すればな」
 村神少尉は、苦笑した。
「仕方ないだろ、あんな女の子が髪を引っ張られてんの見て、何もせん訳にもいかんだろ」
 俺は、彼女が美奈と重なって見えた事は伏せておく事にした。
「だからって、矢島に逆らうなんて勇気あるなぁ」
「まっ、俺はお前と違って、二人の妹を一人で支えて生きてきたからな。人生の経験が違うぜ」
 俺は偉そうに言った。
「ところで、医務室に行かなかったのか?」
 俺は大きくため息をついた。
「矢島のやつがな、軍医に佐藤が来ても手当てをするなって、脅しをかけやがったんだ」
「あの野郎、やり過ぎだぜ」
 俺自身、情けなかった。
 矢島大尉の前では、どんなに勇気があっても、こんな事言えない。
 こんな陰口を叩くしか出来ない。
 まったく、自分が嫌になる。
 まあ、彼女を助けられただけでも良しとするか。
 と、部屋の扉をノックする音が響いた。
「誰だ?」
 村神少尉がぶっきら棒に聞いた。
 これが、もしお偉いさんだったらどうするんだ、とツッコミたかった。
「あの、佐藤少尉はいらっしゃいますでしょうか」
 女性の声だ。
 村神少尉がドアを開けた。
「あんたは…」
 あの時の少女だ。
「おい、佐藤、お客さんだぜ」
 俺も少女に目をやった。
「あ、あの、本当にすいませんでした」
 開口一番、彼女は謝った。
 俺は別に彼女に感謝して欲しいとか思ってした訳ではない。
「気にするなよ、俺が勝手にした事だしな」
「でも…」
 彼女は、俺の顔を見て申し訳なさそうだ。
 恐らく、傷だらけの顔を見て、罪の意識を感じてるのだろう。
「こんな傷くらい、すぐに治るよ。それより、わざわざ謝りに来なくても良かったのにな」
「あの…でしたら、傷の手当てだけでもさせて頂けませんか?」
「いいって、早く部屋に帰れって」
 俺は少し強めの口調で言った。
「ですが、それでは私の気が収まりません。お願いします、手当てだけでもさせて下さい」
 俺は困ったという表情で、村神少尉を見た。
 村神少尉は、口元に笑みを浮かべると言った。
「手当てだけでもしてもらえよ。医務室が使えないんだから、手当てはしておいた方がいい」
「う〜ん、わかった。じゃ、手当てを頼むよ」
 少女はニッコリと笑った。
「はい、それじゃ救急箱を持ってきます」
 しばらくすると、少女が救急箱を持って戻ってきた。
 早速手当てを始めてくれた。
 少女は、手当てしながら話しかけてきた。
「本当にすいませんでした」
「もういいって。それにしても、良く俺の事を探し当てたな」
 少女は恥ずかしそうに笑いながら言った。
「いえ、色々な人に聞いて、ようやく解ったんですよ。お礼がしたくって…。あ…私、鬼土綾香(きど あやか)って言います」
 一応、自己紹介されたので俺も答えた。
「俺は、佐藤泰叉だ」
「ついでに俺は、村神勝。よろしくね〜、綾香ちゃん」
「村神、お前には聞いてねぇぞ」
「いいじゃん、言うだけならタダだし」
 鬼土綾香は、クスクスと笑い出した。
「お二人とも、いいコンビなんですね」
 俺は怪訝そうな表情で言った。
「こんなやつといいコンビって言われても嬉しくないな」
「ひどいね〜、佐藤。俺とお前は海軍兵学校からの付き合いじゃないか〜。俺とお前は運命共同体だ」
 綾香は、何を想像したのか真っ赤になってしまった。
 そんな顔を見れば、何を想像したかは大体解る。
 俺は慌てて弁解した。
「ば、馬鹿! 何誤解招くような言い方してんだよっ!」
 綾香は、たどたどしい手つきではあるが、傷の手当てを何とか終わらせた。
 最後の絆創膏を、ペタリとおでこに貼り付けた。
「はい、終わり」
「ありがと、一応助かったよ」
「いえ、私の方が悪かったんですから…」
「気にするなって言ってるだろ。さっ、早く部屋に戻らないと、どやされるぜ」
 俺は彼女の背中を軽く押した。
「は、はい、部屋に戻ります」
 綾香は部屋から出ようとした、しかし、足をすぐに止めた。
「あの…佐藤少尉」
「ん、まだ何か?」
「あの…外洋演習が終わっても、また…会ってくれますか?」
「え…、そりゃ構わないけど…」
「そ、そうですか、ありがとうございます。それじゃ…」
 綾香は、こちらを振り返らずに足早に出て行った。
 村神少尉は、悔しそうな表情を浮かべている。
「どしたんだ、村神?」
「綾香ちゃん…、ありゃ、お前に惚れてるな…。くそ〜、悔しい〜〜!」
「ばっ馬鹿言え! そんな事あるはずが…」
「いや、俺のプレイボーイの勘がそう言っている。間違いない! だからって、何であんな可愛こちゃんが、お前に惚れるんだよ。普通は俺だろ」
 俺は、一人で悔しがる村神少尉の話を聞き流した。
 俺は、美奈と佐奈を愛する事で手一杯で、仮に村神の言う通りであったとしても、彼女を受け入れられないと考えていた。
 それに、彼女が俺に惚れるなんて、そんな事があるはずがない、そう思っていた。
 第30駆逐隊は、静かに太平洋上を航行していた。
 まさか、ちょっとした優しさのつもりで助けたのに、あんな事になってしまうとは、この時の俺には想像すら出来なかった。

次回予告
「はい、美奈です。お兄ちゃんが助けた、あの綾香さん。どうやらお兄ちゃんに惚れちゃったみたい。ちょっと悔しいな。でも、お兄ちゃんは興味がないみたいなの、お兄ちゃんは私たちのお兄ちゃんだもんね。他の女の人なんて好きになるはずないもん」

四章「異常な片思い」乞うご期待!


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