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架空戦記

「佐藤中将の決断!」

〜大和を守れ!佐藤艦隊、奮戦ス〜
 九章

 撫子を始めとする各艦からは、未だに騒ぎ声が響いていた。
 艦内の艦長室に居ても、その騒ぎ声は聞こえた。
 佐藤大佐は、自室のベッドの上に横になった。
 思いつめた表情で、天井を見つめていた。
「ついに…出撃か…」
 佐藤大佐は無意識に呟いた。
 私は、未だに迷っている。
 瀬戸軍曹との関係を断ち切ったつもりだが、どうしても納得できないでいた。
 私は…やっぱり雫が好きだ。
 だが、私は部下のために死ななければならない男だ。
 雫がいたのでは、私は思い切って死ねない。
 雫と別れたくないから…死にたくない。
 だから私は、雫に嫌われようと、強姦まがいの真似をした。
 それも、心優しい雫は受け入れようとした。
 あの時は耐え切れず、つい部屋を飛び出したが、雫との関係をしっかり断ち切ることはできなかった。
 どうすればいいんだ…私は…。
 雫は、私のことを嫌ってくれたのだろうか…。
 私は、ゆっくりと立ち上がり、小さな机の上にある酒の小瓶を開け、一気に口に含んだ。
 私は酒が苦手だ、だが今は何もかも忘れたい、その一心だった。
「…こんな時に限って酔えねぇとは…。まったく…」
 佐藤大佐は、いつもなら少量で酔うはずが、まったく酔えないことに憤りを感じた。
 その時、扉をノックする音が聞こえた。
「ん…、誰だ」
 佐藤大佐は、酒の小瓶を慌てて見えないように隠した。
「あの…、瀬戸軍曹です…」
 雫…、どうして…。
 佐藤大佐は、一瞬慌てたが、入れないわけにはいくまい。
「入れ…」
「失礼します…」
 雫は堅苦しい敬礼をして入室した。
「しず…、瀬戸軍曹、何か用かね?」
 私は、わざと形式に沿った対応をした。
 そう、私はもう彼女とは関係ない。
 ただの上官と部下なんだ。
「あの…、その…ですね」
 雫は私と目を合わせにくいのか、キョロキョロと小さい目を動かしている。
「用がないなら出て行ってくれるか、私も暇じゃないんだ」
 私自身、気まずい雰囲気に息が詰まりそうだった。
 そこで、早々に引き上げてもらおうと考えた。
「あの…、大佐…先ほどの件なのですが…」
「先ほど…とは?」
 私はわざと知らぬふりをした。
「………」
 雫は今にも泣きそうだ。
 少しきつい対応だったかもしれない。
 だが、これは雫のためでもある。
 雫が大好きだから、悲しませたくないからこうするんだ。
 天一号作戦で、私が死に雫が生き残った時、少しでも悲しませたくないからだ。
 私も、この世に未練を残したくないからそうするのだ。
 雫…、私は今でも君を愛している…。
 全ては君のためなんだよ…。
「大佐…、私のこと、まだ好きですか?」
 私は返答に困った。
 勿論、今でも大好きだ。
 だが、好きと答えては、私の思惑が滅茶苦茶だ。
 だが、嫌いとは答えたくない。
「……ああ、好きだ」
 雫は予想外という表情だ。
 どうやら、雫は私に嫌われたと思い込んでいたのだろう。
「でも…さっきは…」
 もう耐えられない…。
 やっぱり私は、雫が大好きだ。
 この気持ちは抑えられそうにない。
 私は、雫に全てを話そうと思った。
「…わかった。全てを話そう。雫…」
 雫は、さっきから瀬戸軍曹の名称で呼ばれていたのに、また雫と呼んでもらったのが嬉しかったのか、可愛らしく笑った。
「まあ立ち話もなんだから座れよ」
 私はベットの上をポンポンと叩いて誘った。
 私はベットの前に机の椅子を置き、背もたれに頬杖をついた。
 緊張気味の表情を浮かべながら、雫はベットに座った。
「雫…、私は今まで何人の部下を殺した?」
 雫は大きく目を開いた。
 こんな質問、予想していなかったのだろう。
「…大佐は…誰も殺していません…」
「本当にそう思うか? 答えは否だ。私は、今まで多くの部下を死においやった…、私が殺したも同然だ」
「それは違います。戦闘で部下が死ぬのは仕方のないことです」
「私はそうは思わない。私がしっかりとした戦略を立てていれば、死ぬことはなかったんだ…」
「大佐、違います。戦争は何が起きるかわかりません。それをいちいち気にしていては戦争などやっていられません」
 雫は今まで見たことがないような、毅然とした表情で答えた。
「じゃあ清流少尉の件はどうだ…?」
 雫は戸惑った。
「あ、あれは…」
「私が射殺命令を出した…。私が清流少尉を殺した…。そうだろ?」
「大佐は…私を守るためにしたことです。あれは、私にも責任があります」
 俯いた雫は、上目使いで呟いた。
 雫は、私の罪を少しでも自分に被せようとしている。
「まあとにかくだ…、私は多くの部下を間接的とはいえ殺した。つまり、これは死に値する悪行だ。私は、その償いのために死ななければならない…」 真剣な眼差しの雫の喉が、ゴクリと鳴った。
「だが私は死にたくない、何故なら…雫が大好きだから…愛しているからだ…。雫がいるから…私は死にたくない。だから…私は雫に嫌われたかった。諦めをつけたかったんだ…」
「それで…あんなことを…」
「雫を悲しませたことは謝る。だが、私が死に君が生き残ったら、もっと君が悲しむことになると思ったんだ」
 雫は無言だ。
 だが、こんなことを言われては言葉はでないだろう。
「わかってくれたか? 私を嫌ってくれとは言わない。だが、私のことを忘れて欲しいんだ…君の中から永遠に…」
 雫は俯いたまま立ち上がった。
 わかってくれたようだな…、ごめんな…雫。
 と、艦長室にパン!という音が響いた。
 佐藤大佐の頬を、雫が叩いたのだ。
 私は、何が起こったのかわからなかった。
「…失礼しました、大佐。ですが、先ほどから聞いていると、まるで部下達のためのように言っていますが、本当にそれが部下たちのためになるとお思いですか…」
 雫は、眼を潤ませながら漏らした。
 私は、雫に叩かれた頬に手を当てた。
「私は海神隊以前の、大佐の部下を知りません。ですが、海神隊のみんなは、大佐に償いをして欲しいなどと思っているはずがありません!」
「し、雫…」
「みんなは、大佐に生きていて欲しいと思っているはずです。大佐が死を望むことこそが、みんなを悲しませることになります!」
 私は、こんなにも勇ましい雫を見たことがなかった。
 本当に、私の目の前にいるのがあの雫なのかと疑いたくなってしまう。
 雫は、涙の筋を頬に走らせながら必死に訴えた。
「私だってそうです。もし私がすでに戦死していたとしても、大佐が生きていてくれているなら、それ程嬉しいことはありません」
 私は、雫の言葉が身に染みていくのを感じた。
 私がしようとしていたことこそ、部下を悲しませることになる悪行だったのか。
「雫…、私は、生きていてもいいのか…?」
「当たり前です。いえ、これからも生きていくことこそが、部下に対する償いとなるんです」
 私は雫を抱き寄せた。
「雫ぅ…、私は…私は…本当に馬鹿だよ…。部下たちを悲しませることしか出来ない…本当に愚かな司令官だ…」
 雫は、佐藤大佐に抱きしめられたまま、佐藤大佐の頭を撫でた。
 いつもと立場が逆だ。
「大佐…過ちは改善すればいいんです。天一号作戦で生き残れるかはわかりませんが、一生懸命生き残る努力をしましょう。ねっ、大佐」
「ああ…雫。雫は私が守る…命に代えても」
 雫は、佐藤大佐の唇に指を当てた。
「ほら、大佐。また言ってる。命に代えてもじゃなくて、自分の身を守りながら、私を守って下さい」
 雫は、笑みをこぼしながら言った。
 いつも以上に、華奢な雫の身体が温かく感じられた。
「ああ…。雫、もし戦争が終わった時、二人とも生きていたら、結婚してくれるかい?」
 雫の身体がさらに熱を帯びた。
 私の腕の中の雫は、小刻みに震えていた。
 頬に伝わる涙が、一本から数本に枝分かれするほどに涙の量が増えた。
 だが、その涙は嬉し涙であるということが、すぐに感じ取れた。
「大佐…、それ…本当?」
「ああ、ああ、結婚しよう。一生、雫を離さない。二人で生きよう」
 私と雫は、お互い抱きしめあった。
 今までにないくらい温かい抱擁だった。
 自然とお互いに唇を重ねていた。
「大佐…、私…大佐に嫌われちゃったと思って…凄く恐かったんだよ…」
「ごめんな…雫。でも、もうあんなことはしない。雫をずっとずっと愛し続けるから…」
 雫は頬を赤く染めて、うっとりとした表情を浮かべた。
 私は、雫が可愛くて可愛くて仕方なかった。
「私…切なくて、胸がとても苦しくて…。大佐、私を抱いてくれませんか…」
 いかにも言ってることがわからないというように、佐藤大佐は首を傾げた。
「ん…、今抱いているじゃないか」
「そうじゃなくて…、その…わ、私と…性交して欲しいんです…」
 私は、この時ばかりはさすがに焦った。
 私は、本当に女性扱いが赤点なのだ。
「お、おい。何言ってるんだよ…」
「だって、私と大佐は結婚するんですよ。だったら、先に儀式を終えてしまいましょうよ…」
「婚前交渉ははしたないって教わらなかったか?」
「…ごめんなさい。はしたないのはわかってるんです。でも、切なくて切なくて…我慢できなくて…」
 私は、このまま雫と交わってもいいと思った。
 でも、婚前交渉ははしたないという意識が、私の中にもあった。
 それに、雫を結婚前に汚してしまうような気がして嫌だったんだ。
「雫、君を結婚前に汚しちゃ、君の母上に申し訳ないよ。今はこれで我慢してくれよ…」
 私は、再び雫にキスをした。
 雫も、眼を閉じて私の唇を素直に感じてくれているようだ。
「うん…、私…結婚するまで我慢する。その時にはきっと、胸も大きくなってるよね」
「なんだよ、私は胸が大きい小さいにこだわったりしないぞ」
 雫が意外なことを気にしていた事実を知って、つい吹き出してしまった。
「え…、大佐は胸がある方がいいんじゃないんですか? 以前、海神隊のみんなと話をした時に、男は大きい胸が好きだって言ってましたよ」
 なるほど、海神隊の隊員は、みんな年頃の女の子だった。
 自然と話題もそういう方面の話題になってしまっていたのだろう。
 そんな話を聞いて、健気にそんな悩みを持っていた雫がいとおしくて仕方なくなった。
「はははは、雫は胸のことを気にしてたのかよ。そんなこと気にすることないのに」
 雫は顔を真っ赤にした。
「ひどいよぉ、大佐。私、とっても気にしてたんですよ。大佐のために胸を大きくしないとって悩んでたのに」
 私は雫に頬を軽くつねられた。
「はは、ごめんごめん。まっ、気にすることないって、それにこれから大きくなるかもしれないぞ」
 ついつい雫のない胸に眼が行った。
「大きくしたいんだったら、いつでも私の所に来いよ。いつでも揉んで大きくしてやるぞ」
 佐藤大佐は、わざとらしく胸を揉んでいるように手を動かした。
「大佐のエッチ〜。いいですよ、自分で何とかしますから」
 雫はプイと横を向いた。
 まったく、まだ子供だな。
 そんな娘が、私と性交したいなんて言うんだから、驚かないわけがないよな。
 と、突然、部屋の外から大声が響いた。
「たいさぁ〜、助けてくださぁ〜い」
 この声は、天野祥子中佐だ。
 佐藤大佐と雫は慌てて部屋の外に出た。
「た、たいさぁ〜。ほのかさんをどうにかして下さいぃ〜」
 小田ほのか中佐は、まだ酔っているのか、天野中佐に抱きつきながら、胸を揉みしだいていた。
 そんな小田中佐を引き離そうと、加藤中佐が必死に小田中佐の腕を引っ張っている。
「た、大佐も手伝って下さい。ほのかが離れてくれないんですよ!」
「祥子ぉ〜可愛いよぉ〜。とっても気持ちいい胸ねぇ〜」
 小田中佐の手の動きがさらに早まった。
「あんっ!たいさぁ〜、何とかしてくださいぃ〜」
 天野中佐は、もう泣き出しそうだ。
 何気に、私はそんな天野中佐を見て萌えてしまった。
「仕方ないな。おい、瀬戸軍曹手伝ってくれ」
「はい、大佐」
 一応は、雫と私の関係は秘密にしなければならない。
 そのため、一応はみんなの前では瀬戸軍曹と呼ばなければならない。
 だが、雫と呼びなれてしまったために、つい雫と呼びそうになってしまう。
 小田中佐は、まるで石のように天野中佐に張り付いて離れない。
 私と雫と加藤中佐の三人がかりで引っ張っているのに、まったく離れない。
「あはっ!いやぁ、やめてよぉ〜、ほのかさぁ〜ん!」
 小田中佐の指使いが上手いのか、天野中佐は随分とヤバイ状況のようだ。
「ねぇ、祥子ぉ、私と寝ようよぉ〜。一緒に寝よぉ〜。可愛がってあげるからぁ〜」
 まるで動く気配がない。
 人は酔うとここまで強靭になれるものなのだろうか。
「ほのか!もういいかげんにしなさいよ!」
 加藤中佐が叫ぶ。
 だが、まるで耳に入っていないようだ。
 その間にも、天野中佐はいろんな意味で感じつつあるようだ。
「あはぁ!ほ、ほのかさぁん!も…もう…やめてよぉ…。あっ…はぁ」
 これは早く何とかせねばなるまい。
 あまりやりたくないが仕方ない。
「もう仕方ないな。おい、加藤中佐、小田中佐を気絶させろ」
「え、よろしいのですか? ですが仕方ないですね」
 加藤中佐は、小田中佐の首にバシッと手刀を喰らわせた。
「ぎゃぅ!」
 小田中佐はようやく天野中佐から離れ、グッタリと動かなくなった。
「まったく、小田中佐は仕方ないな。天野中佐、大丈夫か?」
「ハァ…ハァ…ハァ…、はい…大丈夫…ですぅ」
 天野中佐は顔を真っ赤に染めて、息を荒くしている。
 これは危ないところだったかもしれない。
 出撃前に強姦事件を起こすところだった。
 小田中佐と天野中佐は女同士だが、それでも天野中佐が犯される所だったのだから強姦事件と言っても間違いはないだろう。
「衛兵、衛兵!」
 佐藤大佐は衛兵を呼び寄せた。
「小田中佐を秋月に連れていってくれ」
 まったく、予想外に疲れてしまった。
 加藤中佐が、申し訳ないといった表情で言った。
「すいません、ほのかが迷惑をかけまして…」
「何も加藤中佐が謝ることはないって。まっ、自分の艦に戻ってゆっくり休んでくれ。天野中佐もな」
 本当に楽しい艦隊だ。
 色々と問題のある艦長が多いようだが、それはそれで楽しいことだ。
「はい、祥子は私が連れて帰ります」
 加藤中佐は、天野中佐に肩を貸しながらおのおのの艦に帰っていった。
「小田中佐はお酒を飲むとあんなに変わるんですね」
 雫は不思議そうに、天野中佐と加藤中佐を見送りながら呟いた。
「ん〜、まあ酒乱ってやつだな。雫は二十歳になるまで飲んじゃだめだぞ。小田中佐みたいになったら困るからな」
「はい。でも…あんなにも自分の気持ちを素直に言えるなら、酔うのも羨ましいかも…」
「ははは、馬鹿なこと言うなよ。それに雫は酔わなくても、私に自分の気持ちを全部言ってくれたじゃないか」
「そ、そうですね。それじゃ、私も部屋に戻ります」
「ああ、ゆっくり休めよ」
 なんだかんだとドタバタしているうちに、出撃前の宴は終わりを告げた。
 これで後は出撃を待つばかりだ。
 明日のために、私も寝るとするか。
 そういえば、瀬沼大佐はどうしたんだろうか…。
 その頃、瀬沼大佐は、あんなにも冷静に飲んでいたのに、いつのまにか小田中佐レベルに酔っ払い、他の将兵と一緒に甲板で大の字で眠っていた。
 どうも私の艦隊は、酒に弱いようだ。
 明日の出撃に影響しないことを祈るばかりだ。
 二日酔いで艦の操艦をして、衝突事故でも起こしたら冗談にならないからな。
 佐藤大佐は、そんな心配をしながら自室に戻り、ベッドに潜り込んだ。

            10章へ続く


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