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架空戦記

「佐藤中将の決断!」

〜大和を守れ!佐藤艦隊、奮戦ス〜
 五章

 佐藤大佐は苦悩していた。
 この海上特攻で、いったい何が変わるというのだろう。
 航空機の傘なしに、敵の大航空部隊にどう対処できるというのだろう。
 結論は、もちろん出なかった。
 出たところで、一艦隊司令に過ぎない佐藤大佐に、作戦を中止させる権限はない。
 実際、この作戦は海軍の面子という意味合いが強い作戦であった。
 最早、燃料不足で満足に動けない艦隊を置いといても、敵の的となるのが関の山である。
 それならば、出撃させて有効活用すべきだ、という訳だ。
 もし、連合艦隊の象徴とも言うべき大和を、撃沈されずとも、本土に繋いだまま終戦を迎えたらどうなるか。
 国民になんと言い訳すればいいのだ。
 海軍は面子のために、多くの将兵を無駄に死なせようとしているといっても過言ではないだろう。
 このまま出撃しても、沖縄まで着ける見込みは0に近い。
 護衛機0の裸の艦隊では、わざわざ沈めろと看板を立てて航行しているようなものだ。
 史実ならその通りだ。
 だがこの世界では違う、佐藤艦隊がある。
 空母「撫子」の搭載機が存在するのだ。
 だが、結果にはあまり影響しないだろう。
 搭載機は最高でも42機だ。
 雲霞のごとく、大編隊で攻撃をしてくるであろう米軍にとって、その程度の護衛機は大した脅威にはならない。
 それは解りきっている。
 だが、無いよりはマシだろう。
 
 昭和20年4月1日
 米軍が沖縄西海岸に上陸を開始した。
 それに対し、日本軍は4日、菊水1号作戦を発動させた。
 この作戦の発動で、第五航空艦隊の特攻機を主体とした航空総攻撃が開始された。
 そして4月6日、この日が我々の出撃の日である。
 前述したが、この作戦は、成功の見込みはほとんどないといえる。
 さらに、燃料不足という問題もあった。
 しかし、呉鎮守府から貯蔵タンクの底に残ったものをかき集めた帳簿外の燃料が発見された。
 これにより、沖縄への往復の燃料が確保され、作戦の決行が決定されたのだ。
 佐藤大佐が、各艦の艦長や幹部に、この作戦のことを説明した時、皆慌てている様子はなかった。
 だが、実はどの幹部も、内心は驚いていた。
 海上特攻、すなわち生きて帰れない出撃。
 普通、いきなり死ねと言われて慌てない人間はいない。
 まさに、そんな状況だった。
 ただ、顔に出していなかっただけだったのだ。

 4月3日の夜
 佐藤大佐は、艦長室のベッドに潜り込んでいた。
 何故か寝付けない、何故だろう…。
 佐藤大佐は、仕方なく甲板に出てみた。
 綺麗な星空が広がっていた。
 ああ、こんな綺麗な星空、どのくらい見てなかったかな。
 戦争戦争の日々で、見ようともしていなかったんだ。
 もう死ぬと解ってみると、今まで何でもなかったものが妙に綺麗に見える気がした。
 不思議な気分だ。
 ふと、艦首の方を見ると誰かの影が見える。
 小さな影だ。
 空襲を恐れて、港の艦は全て灯火管制がしかれている。
 そのため真っ暗闇だ、月明かりを頼りに、佐藤大佐はその影に近づいた。
 目が慣れていくうちにすぐにわかった。
 あれは、瀬戸軍曹の背中だ。
「おい、瀬戸軍曹」
 この突然声に、瀬戸軍曹はビクッと肩を上げて振り向いた。
「キャッ!た、大佐…ですか」
「ああ、どうしたんだ、こんな夜中に」
「その…、どうも眠れなくて…」
「私もだよ、隣いいかな?」
「はい、どうぞ」
 やっと眼が慣れたのか、瀬戸軍曹の表情が見え始めてきた。
 佐藤大佐は、瀬戸軍曹の隣に座り込んだ。
「よいしょっと」
 と、瀬戸軍曹はクスクスと笑い出した。
「ん、どうした?」
「ふふふ、すいません大佐。よいしょ…なんて言うもんだから可笑しくて」
「はは、もう歳かな」
 佐藤大佐は気づいていた。
 瀬戸軍曹の様子が、少しおかしいことに…。
「なあ、瀬戸軍曹。何か悩みでもあるのか?」
「え…、どうしてですか」
「いや、様子が少し変かなと思って」
 すると、瀬戸軍曹は俯いた。
「………」
「ご、ごめん、余計なこと聞いちゃったね。私には関係ないのに」
「いえ…、関係あります」
 瀬戸軍曹は呟くように答えた。
「え…、私が関係あるのか」
「私…、怖いんです。出撃するのが怖いんです」
「私だって怖いよ。みんな怖いのは一緒さ」
「…違うんです。私…死ぬのとか怖いけど、それほど怖いわけじゃありません」
 意味が掴めなかった。
「あの…、私…大佐と別れるのが怖いんです」
「わ、私と…?」
 すると突然、瀬戸軍曹は佐藤大佐に抱きついた。
「私、大佐のこと大好きです!だから…、別れるのが…、もう会えないのが怖いんです!」
 瀬戸軍曹は、顔を真っ赤に染めて、佐藤大佐の首に腕を回していた。
「…………」
 佐藤大佐は、何も答えようとしない。
 ただ、瀬戸軍曹の背中に腕を回して抱きしめた。
「大佐…?」
「私も…、君が大好きだよ。やっとわかったよ、今日眠れない理由が…。私も、君との別れを惜しんでいたんだ」
 佐藤大佐の返答に、瀬戸軍曹は涙を流した。
「ホントに…、ホントに大佐も、私のこと好き?」
「ああ、大好きだよ」
「良かった…。大佐は、子供の私なんか好きになってくれないんじゃないかって…ずっと思ってた」
「瀬戸軍曹が子供か大人かなんてどうでもいいんだ。私は、君が好きなんだ。子供も大人も関係ないんだよ」
「嬉しい…」
 瀬戸軍曹の眼から、さらに大粒の涙がこぼれた。
「泣くなって、泣くことないだろ」
「ごめんなさい…、嬉しくて…つい」
 嗚呼、なんて可愛いんだろう。
 私のために泣いてくれる女性なんて、今までいただろうか。
「どうしたら泣き止んでくれるかな」
 佐藤大佐が意地悪な質問をした。
「………」
 瀬戸軍曹は、涙を流しながらも考え込んだ。
 そして、何かを思いついたようだ。
「あの…、じゃあこうしてくれれば涙が止まると思います」
 というと、瀬戸軍曹は佐藤大佐の顔の前で、眼をつむった。
 佐藤大佐は驚いた。
 つ、つまりこれは……。
 佐藤大佐は、軍人魂一筋という人間だったため、女性扱いは赤点の男だ。
 この場合、どうすべきか躊躇していた。
 …前に空母でもしたしな、あの時の感じかな。
 佐藤大佐は、目の前で目をつむる少女の唇に、そっと自分の唇を当てた。
 勿論、ホントにちょこっと当てた程度の、いわゆるフレンチキスである。「……ん」
 唇の当たった瞬間、瀬戸軍曹が一声漏らした。
 キスってどのくらいするもんなのかな…。
 佐藤大佐は、いつ離すべきか迷っていた。
 …もう一分近くこのままだ、息が苦しくなってきた。
 佐藤大佐は勢いよく、唇を離した。
「ぷはぁ…!」
「はぁ〜!」
 お互い、やはり苦しかったようだ。
「はぁ…はぁ…、ごめん。どのくらいしてればいいのか迷って」
「はぁはぁはぁ…はぁ〜。苦しかった、でも嬉しかったです」
 瀬戸軍曹は、本当に嬉しそうに笑った。
「ごめんな、本当に」
「いいんですよ、次から気をつけてくれれば」
 次か…、次はあるのかな。
 佐藤大佐は、悲観的とも思える台詞を、心のなかで吐いた。
「悪いと思うなら大佐、お願いを一つしてもいいですか」
「ん、いいとも。私に出きるならな」
「えへへ、あの…、二人の時だけでいいんです。私のことは、雫って呼んでもらえますか」
「そんなことでいいのか。ああ、わかったよ雫」
 瀬戸軍曹…、いや、雫はまた嬉しそうな笑みを浮かべた。
「今日は、嬉しいことばっかりです」
「私もだよ」
「大佐、子供みたいなこと言いますけど、抱っこしてくれませんか」
 雫は恥ずかしそうに、モジモジしながら言った。
「ふふ、いいよ。おいで雫」
 佐藤大佐はあぐらをかいた、その上に雫がちょこんと座った。
「大佐…あったかい…」
「大好きな君が、私の上に座ってるから、恥ずかしくて体温が上がってるんだよ」
「私もですよ。恥ずかしくて嬉しくて…」
「お互い様ってわけだ」
 二人は密着したまま笑った。
 雫は、佐藤大佐の腕に抱かれたまま、また涙を流していた。
「クスン…クスン…」
「おい、またどうした」
「せっかく…、せっかく大佐に言えたのに、すぐにお別れなんて…」
「…雫。それは大丈夫だよ。雫は私が守るから、絶対に死なせないから」
「大佐が死んだら、意味がないです」
「勿論だよ。私も生き残るし、雫も生き残るんだ」
「本当に二人とも生きて帰れる?」
「当たり前だ、私が嘘を言ったことあるか」
「いいえ、ありません。それに…、私…大佐を信じてるから」
「ああ、そうだ。大丈夫だから」
 佐藤大佐の腕の中で、雫は頷いた。
 本当に、そんなことできるかな…。
 生きて帰れるかな…。
 佐藤大佐は、正直生きて帰れる自信はなかった。
 ただ、こう言わざる得なかった。
「大佐…、私…こんなに幸せでいいのかな。贅沢は敵だって教わってきたのに、私…すごい贅沢者だ」
「ははは、私も贅沢者だよ。こんな素敵なお姫様が自分の彼女なんだから」「お姫様って…、恥ずかしいよ大佐」
「よ〜し、お姫様らしく抱っこしてあげよう」
 というと、佐藤大佐は、膝の上に座っていた雫を横に寝かせて抱き上げた。
 属に言うお姫様抱っこだ。
「た、大佐、恥ずかしいよ…」
「いいだろ、雫は私のお姫様なんだから」
「じゃ…大佐は王子様だね」
「はははは、嫌な王子様だな」
「ううん、すごく素敵な王子様だよ…。優しくて勇敢で…」
「ん…雫?」
「……私…、すごく……幸せ…だ……スースー」
 瀬戸軍曹は、佐藤大佐の腕の中で眠っていた。
 それはそれは幸せそうな微笑を浮かべて眠っていた。
「ふふ…、もう朝方だもんな。当然だよな」
 そう言われれば、東の空が白み始めていた。
「さてと、ベットまでお連れしましょうか、お姫様」
 佐藤大佐は、瀬戸軍曹をお姫様抱っこの状態で抱き上げたまま、艦内に消えていった。
 瀬戸軍曹は下士官ではあったが、佐藤大佐の直接の命令で、清流少尉との二人部屋を使用している。
 佐藤大佐は清流少尉を起こさぬように、静かにドアを開けた。
 お姫様抱っこしながらの、ドアの開閉がこんなに苦しいとは初めて知った。
 清流少尉は、背中を向けて眠っているようだ。
 この二人部屋は、本来士官室だった。
 部屋は3畳程度の広さで、両脇にベットが一つずつついている。
 清流少尉は右側で寝ている。
 ということは左のベットが瀬戸軍曹のベットだ。
 佐藤大佐は、そこに瀬戸軍曹を寝かせた。
 改めて寝顔を見ると、とても可愛らしい。
「じゃ、おやすみ雫」
 佐藤大佐は、可愛い寝顔の瀬戸軍曹の頬に軽くキスをした。
「ん〜…、大佐…大好き…」
 ふふ、可愛い寝言だな。
「私も大好きだよ…雫」
 というと、佐藤大佐は部屋を後にした。
 この時、この部屋で泣いている女性がいた。
 最後のあの台詞を、運悪く眼が覚めた清流少尉は聞いてしまっていた。
 清流少尉は、背中を向けたまま…泣いていた。
「私…雫に負けちゃったな…」
 清流少尉は、一人で呟いた。
 勿論、大粒の涙を流しながら…。
 日付は、4月4日に変わっていた。
 この日、菊水1号作戦が開始される。
 そして、この日…大佐と雫が結ばれた日。
 瀬戸軍曹は、眼を覚ました後にこう命名した、4月4日は「大佐と私の抱っこの日」だ…と。
 この日の存在を知ってるのは、勿論、佐藤大佐と瀬戸軍曹の二人だけだ。
 そして、二度と迎えることのできない日でもあった。
 佐藤大佐はともかく、瀬戸軍曹は来年のこの日は、私達はどうなってるのかなと夢を膨らませていた。
 佐藤大佐が気休めで言った「大丈夫だから」という言葉を信じて…、ただ夢見ていた。
 夢見るのは子供の特権だ。
 彼女はやっぱり子供だった。
 まだ12歳の少女。
 恋愛など、まだ早いはずの少女。
 それでも、彼女は佐藤大佐の可愛いお姫様だった。
 時計は4日の朝7時を回った頃だった。

          六章へ続く

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