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架空戦記

「佐藤中将の決断!」

〜限界を超えろ!潜水艦『撫子』八章〜

 爆雷の数は確実に多くなっている。
 この攻撃の中、至近弾を受けないのは奇跡と言ってもいいだろう。
 撫子は、この爆雷の中をすり抜けるように潜行していった。
「艦長、深度100を超えました、なんとか爆雷圏から離脱できました」
「油断するな!潜行した事によって、敵艦は爆雷の深度設定を変えて攻撃してくるはずだ!」
 撫子は静かに、だが確実に潜行を続けた。
 米国駆逐艦隊は、爆雷の設定深度を素早く変更すると、すぐに攻撃を再開してきた。
 再び撫子の周辺で爆発が巻き起こる。
「艦長、現在の深度140、限界点まであと20です!」
 暗雲少尉の頬に汗がにじんでいるのが見えた。
 もちろん、焦っているのは誰しも同じことだ。
 この艦が水圧で潰れる危険性と、今も続いている爆雷攻撃で撃沈されるという二重の恐れがあるのだから。
「深度150、あと10で限界点を超えます!」
 その時、撫子の真上から下りてきた爆雷が至近距離で爆発した。
 激しい爆音と衝撃が撫子を揺らした。
「ぐぅぅ!くらったか!被害状況確認せよ、一旦潜行中止!」
 しかし、撫子の潜行は止まらない。
「か、艦長!今の爆雷攻撃で浮力タンクが損傷した模様!潜行が止められません!」
「何ぃ!止めろ、バルブを全開にしろ!」
 佐久間大尉自らがバルブに駆け寄り、一気にバルブを回転させた。
「艦長、バルブを全開にしましたが止まりません!」
 先の爆雷は、浮力タンクのみならず、動力部にも損傷を与えていた。
 さらに右舷の動力も停止状態にあった。
 しかも、艦前方部の天井から浸水が起こっていたのだ。
「艦長、深度170!さらに下降中です!」
「くそっ!なんとか止められないのか!」
「む、無理です!深度180を突破!」
 ついに発令所の天井からも水滴がたれ始めた。
「・・・現在の浸水状況を伝えろ」
 佐藤大佐は軍帽を深くかぶり、下に顔を傾けて命じた。
「動力室、浸水中です。さらに魚雷室、士官室、艦長室も浸水中のようです」
 佐久間大尉が、各部署から届いた報告をスピーカーで受けながら報告した。
「各員は浸水を止めろ!佐久間大尉、動力室に繋げ!」
 スピーカーから雑音のような水の流れる轟音が響いた。
「大佐、何ですか!この忙しい時に!」
「エンジンの稼動状態を報告しろ!」
 佐藤大佐は激しい轟音に負けぬくらいの大声で叫んだ。
「右舷エンジン、浸水の影響で停止してます!左舷はなんとか稼動してますが、いつまでもつか不明です!」
「なんとか浸水を止めて、すぐに動力を再稼動させろ!」
「わかってます!大佐、私達をこんな目に合わせた埋め合わせはしてもらいますよ。帰ったら何かおごって下さいね!」
 西門中尉は、どうやら帰還する気でいるようだ。
 もちろん、佐藤大佐もそのつもりだ。
 だが、この状況はそんな思いも薄れさせてしまうような状況なのだ。
「ああ、帰ったら何でもおごってやるよ。頼むぞ、西門中尉」
「わかりました、まかせて下さい」
 しかし、一向に下降は止まらない。
「深度190を突破!た、大佐、どうしますか!」
「止められないのか・・」
 そして、ついに発令所の天井が裂け、大量の海水が流れ込んできた。
「うわぁ!と、止めろ!」
 操舵手である暗雲少尉以外の、佐藤大佐と佐久間大尉と清流少尉は必死で工具を片手に浸水を止めようと奮闘した。
「なんとしても止めるのだ!清流少尉、その工具を渡せ!佐久間大尉は補強具をここに!」
 佐藤大佐は、まるで経験者のように的確に指示を出し、なんとか発令所の浸水を食い止めた。
「はぁ・・はぁ、なんとか止まりました」
 びしょ濡れの清流少尉が、息を荒くしながら言った。
 濡れたセーラー服は、ぴったりと肌にくっつき、うっすらと下着を映し出していた。
 こんな時にもかかわらず、佐藤大佐は目をむけずにいられなかった。
 それに気づいた佐久間大尉が、大きくゴホンと咳き込んだ。
「大佐、何を見てらっしゃるのですか」
「い、いや、別に」
「艦の各部がこんな状態ではもちません、私と飛鳥は他の部署の浸水を止めに行きます」
「わかった、頼むぞ」
 佐久間大尉と清流少尉が走り去ると、それとほぼ同時に艦が大きく揺れた。
 凄まじい轟音と衝撃、一瞬、何事かわからなかった。
「暗雲少尉、何が起きた!」
「現在深度290!海底に激突しました」
 まさに奇跡と言っていいだろう。
 神が浅い海底を用意して下さったのだろう。
「た・・助かったのか」
「はい、大佐。撫子は・・・助かりました」
 あの軍規に従純で生真面目な暗雲少尉とは思えないような、まるで怯えて震えている子猫のような表情で佐藤大佐に報告し、涙を浮かべながら抱きついてきた。
「お、おい、暗雲少尉、大丈夫か」
 暗雲少尉は無言で顔を埋めながら、ただ震えていた。
 顔には出さないが、本心では本当に怖かったのだろう。
 二人しかいない発令所に、すすり泣く声が響いた。
「・・大丈夫、助かったんだ。もう大丈夫だから」
 佐藤大佐は、暗雲少尉の髪を撫でながら答えた。
 そこに清流少尉が戻ってきた。
「ああああ!大佐、繭ちゃんと何してるんですかぁ!」
 慌てて暗雲少尉は、佐藤大佐から離れると操舵席についた。
 他の隊員には弱い自分を見せたくないのだろう。
「だっ!こ、これは、その・・・」
「大佐は雫だけじゃなくて、繭ちゃんまで毒牙にかける気ですか・・」
「毒牙って何だよ!毒牙はないだろう・・」
「大佐は不純な事を考えてるんだから毒牙なんですよ!」
「そんな事考えておらんわ!」
 暗雲少尉に清流少尉が心配そうに話しかけた。
「繭ちゃん、何をされたの」
「いえ、別になにも」
「だって、泣いてるじゃない」
「大丈夫だから、大佐は変な事するような人じゃないもの」
 清流少尉は、いかにも怪しむような目で見つめていた。
「だから、何もしてないっての!所で報告があるんじゃないのか」
「・・は〜い、報告します。各部の浸水は大半が止まりました。ただエンジン室の損傷が激しくて、すぐに大佐に来て欲しいそうです」
「そうか。清流少尉、他の浸水中の部署の援護に行ってくれ」
「了解しました。大佐、これ以上被害者を増やさないで下さいね」
「うるさい、いいから行かんかい!」
 清流少尉は本当に苦手だ。
 まあ、女性だらけの中で男一人では、怪しまれても仕方ない事か。
 撫子は深度290で海底に激突し、停止状態にある。
 浸水はまだ続いているが、なんとかなりそうだ。
 爆雷攻撃も、もうすっかりおさまっていた。
 米国駆逐隊は、どうやら撫子を撃沈したと思ったのだろう。
 もうスクリュー音は聞こえなくなっていた。
 動力室は、まだ水浸しの状態だった。
「どういう状況だ、西門中尉」
「大佐、ご苦労様です。見ての通りですよ・・、浸水はどうにかなりそうですが、動力がかなりダメージを受けています」
 まだ動力室の端では、動力室要員の少女達が補強具で浸水を食い止めていた。
「浮力タンクが直っても、動力が動かん事には帰れんな・・」
「はい、浮力タンクはなんとかなりそうです。ですが、動力は直せるかどうか・・・」
「とにかく頼むよ、西門中尉」
「はい、最善を尽くしますよ」
 あの高テンションの西門中尉が、こんなにも暗い顔を見せるとは本当にまずい状況なのだろう。
 そこに西門中尉の直属の部下である、動力室要員の少女が汚れた顔を拭きながら現れた。
「どうだった?」
「はい、中尉。全電池28個中、23個が使えません」
「使えるのは5個だけかぁ・・」
 西門中尉がため息を吐き出すように漏らした。
 何かの設計図のようなものを広げて、西門中尉は難しい顔でその設計図を睨んでいた。
「大佐、電池が不足しています。まずいですよ・・・」
「とにかく何とか頼むよ。修理に最善を尽くしてくれ」
「はい、大佐」
 西門中尉は、まったく佐藤大佐を見ずに答えた。
 ここで新たな問題が生じつつあった、それは艦内の二酸化炭素濃度が上がっているという事だった。

             九章へ続く


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